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「他人事みたいな部分がありました」安室奈美恵が抱えていた歌手活動の意外な悩み…苦心の果てに辿り着いた“転機”とは

『平成のヒット曲』より #1

2021/12/06

 日本において史上最高にCDが売れた1990年代、国民的ヒット曲が誕生するも、徐々に音楽産業が下り坂となった2000年代、YouTubeやSNSの普及で、新たな流行の法則が生まれた2010年代……。それぞれの時代で、いかにしてヒット曲は生まれ、それらは社会に何をもたらしたのだろうか。

 ここでは、音楽ジャーナリストとして活躍する柴那典氏の著書『平成のヒット曲』(新潮新書)の一部を抜粋。山口百恵と安室奈美恵。時代を象徴する歌姫の去り際を比較し、社会の変化を読み解いていく。(全2回の1回目/後編を読む)

©文藝春秋

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山口百恵と安室奈美恵

 2017年9月20日。安室奈美恵は、40歳を迎えた誕生日の当日に、自身の公式サイトを通じて引退することを発表した。

 最後にできる限りの事を精一杯し、有意義な1年にしていきたいと思ってます。

 そう綴られた引退発表の言葉の通り、安室奈美恵は、自ら引退日と定めた2018年9月16日までの1年間で、オールタイム・ベストアルバム『Finally』を発表し、5大ドームツアーを行い、大きなセンセーションを世に巻き起こした。ベスト盤は230万枚を超えるセールスを果たし、2017年と2018年のオリコン年間アルバムランキング1位を記録する。

 こうして、安室奈美恵は名実ともに「平成の歌姫」となった。

「最後は笑顔で! みんな元気でねー! バイバーイ!」

 2018年6月。約80万人を動員したラストツアーの最終公演、東京ドーム。最後のMCで安室はファンへの、スタッフへの感謝を語り、マイクを握ったまま高々と両手を掲げ、笑顔でステージを降りた。

 ちなみに、やはり人気絶頂期に結婚を発表して引退した「昭和の歌姫」山口百恵のファイナルコンサートでの最後の一言は「本当に、私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります」だった。1980年10月の引退当時、年齢は21歳。あふれる涙に顔を濡らしながら「さよならの向う側」を歌い、白いマイクをステージの中央にそっと置き、静かに舞台裏へと去っていった。

©文藝春秋

 山口百恵と安室奈美恵。共に時代を象徴する2人の歌姫の去り際を比べることで、昭和から平成へと、社会が、そして女性の生き方がどう変わっていったかを考えることができるのではないだろうか。

笑顔で終わりたい

 安室奈美恵のデビューは1992年。当時はグループ「SUPER MONKEY’S」の一員だった。メンバー共通の夢は「故郷の沖縄でコンサートをやること」。それが叶ったのが、「安室奈美恵with SUPER MONKEY’S」名義で活動するようになった1995年12月のことだった。

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