神奈川県座間市のアパートで9人の遺体が見つかった事件を受けて、精神科医の松本俊彦さんにジャーナリストの鳥集徹さんが聞くシリーズの最終回。自殺防止に必要なのは「命を大切に」「生まれたことに感謝を」という道徳教育ではなく健康教育だという松本さん。数多くの自殺願望者や自殺と向かい合ってきた医師が今伝えたいこととは? (全3回の最終回)

♯1「『死にたい』と言うヤツに限って死なないというのは迷信だ
♯2「『自分を大切に』命の尊さを説く教育は自殺予防になるどころか有害だ」から続く

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──日本の自殺率は先進国の中でワースト6位、女性はワースト3位で、女性の自殺率が海外に比べて高いという傾向があります。日本は女性が生きづらい社会なのでしょうか。

松本 これは日本だけじゃなくて、実は中国や韓国もそうなんです。もしかすると極東の国の文化の特徴なのか……女性に負担のかかる社会構造なのかもしれないですね。

──また、日本では若者の自殺が多い傾向にあります。その背景には、経済成長期のように、今よりいい未来が待っているという希望が持てない社会的要因が関係しているのではないかとも言われますが。

松本 たしかにそういう見方もありますね。でも、高度成長期や右肩上がりのバブル時代もありましたが、昔、もっと不景気だった時期もあったと思うんです。受験戦争にしても僕らの頃のほうが熾烈で今は逆に楽になっているような印象もありますし、正直原因はよくわかりません。

 ただ、核家族化が進んで人のリアルな死を見たことのない若者が増えているのは事実でしょう。それからどんどん内側にこもって生身の人間と触れ合わなくなることで、人生や生き方の多様性みたいなものが見えにくくなっている。これはちょっと古いデータですが、例えば大学が大都市部の繁華街とかガチャガチャした街から郊外の田舎に引っ込むと、自殺が増えたりするんです。典型的によく言われるのが筑波大学ですし、かつて広島大学も広島市から東広島に移った当初、自殺が増えた時期があったといわれています。

 近くに飲み屋とか雀荘とかキャバクラとかがあって、学校以外で色んな生き方を見て知っていれば、学校だけがすべてじゃないと自然に思えるのかもしれないですね。

──今、社会がどんどんクリーンになっていますよね。座間の事件の容疑者は風俗のスカウトでしたが、今は道で声をかけるのが禁止になってSNSでスカウトしていたといいます。大学の学園祭もすごく変わってきていて、飲酒・喫煙禁止になったり、「20歳以上」というワッペンをつけるのを義務づけられたりするようになってきている。猥雑なものを一掃してクリーンになった反面、すごく社会が息苦しくなっているようにも感じます。

松本 そう、これもあんまり言うと誤解されちゃうんだけど、暴対法が厳しすぎることで逆に暴力団を抜け出せなくなったり、半グレが跋扈したりということがありますよね。危険ドラッグの規制を厳しくすればするほど死亡者が増えていったり。だから同じように死にたいなんて口にしちゃダメ、死にたいなんていう言葉がない世界にしようという圧力が世の中を変な方向に導いてしまうのではないかと危惧しているんです。

最大の自傷行為は「助けを求めないこと」

──松本先生は薬物依存の治療のエキスパートでもありますが。

松本 先ほど(♯2)お話しした東大の小児科医でご自身も脳性麻痺に罹患している熊谷晋一郎先生の言葉でもう一つ忘れられないものがあります。それは「自立とは依存先を増やすことだ」という言葉です。それを熊谷さんから聞いた時に、ハッとしたんですね。僕ら自身も依存症の治療をやっていますが、治るということは依存しないことだとつい思ってしまいがちです。

 でも、そうじゃなくて、たくさんの人に依存させることが一番いいと僕は思っているんです。この言葉を聞いたときに、そうなんだよな、そうだった、そうだったと思って。歯を食いしばって、誰にも泣き言を言わずに一人で頑張ることが自立ではない。そんな人は脆くてすぐにポキッと折れちゃうんです。できるだけサポーターをたくさん作ることこそが本当の自立なんです。そして、最大の自傷行為は何かというと、「助けを求めないこと」なんです。

松本俊彦さん ©杉山秀樹/文藝春秋

──なるほど。しかし、猥雑さが世の中からなくなっていったというのは、もしかしたら文春も悪影響を与えているかもしれませんね……。不倫はよくないことだと思いますが、謝り方を間違えるとネットで一斉にバッシングされるとか。

松本 (笑)。風紀委員みたいになっちゃっていますよね。