「文藝春秋」2022年1月号より元朝日新聞記者・皇室担当の斎藤智子氏による「川嶋辰彦さんのキス」を一部公開します。(全2回の2回目/前編から続く)

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にこっと笑って「さすがは智ちゃん」

 1989年8月25日夜。天皇皇后(現・上皇上皇后)両陛下が御所で川嶋夫妻に会われた、という宮内庁担当記者からの情報をもとに、確認をとるため、私は急きょ、川嶋家を訪れた。

1989年8月、婚約報道後、初めて報道陣の取材に応じる川嶋辰彦さんと紀子さん(当時) ©時事通信社

 玄関に入ると、川嶋夫妻、紀子さま、弟と、全員が集まってきた。みな、にこにこしていた。

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 こういう情報を得た、いよいよ婚約が決まりましたね、という私の質問に、川嶋さんは一言「ノーコメント」と答えた。

 だが、ノーコメントでは婚約内定とは報じられない。食い下がった。

「ふだん川嶋先生は何でも丁寧に説明してくださるのに、今日は、ノーコメントだけ。ということは、婚約内定は事実ですね」

 そう、たたみかけた。すると川嶋さんはにこっと笑い、「さすがは智ちゃん」と、大きな声で答えてくれたのだ。

「これは内藤さんの見た夢の中のたわごとですね」

川嶋辰彦さん

 翌朝、スクープが一面に掲載された。内藤記者と私が中心になって事前に準備していた婚約内定の原稿である。新聞社では、重要なできごとについては、あわてて書いてミスをしないよう、前もって予定原稿を作っている。じつはこの原稿も、2カ月ほど前の6月の時点で私が川嶋家に持参し、ご夫妻に口頭で事実確認のためあらましを説明していた。

 川嶋さんは、「これは内藤さんの見た夢の中のたわごとですね」と言った。ただ、事実関係が違うのは困ります、と、経歴や教育方針などについては丁寧に説明してくれた。機は、熟していたのである。