フランス式に川嶋さんからお礼の「キス」
婚約が決まった頃、一緒にタクシーで移動したことがある。町で拾った流しのタクシーで最低料金程度の移動だった。降りた後、川嶋さんは「ありがとう」と言ってタクシーの運転手に握手を求めた。運転手も客も対等、という感覚から、感謝を伝えるための行動だろうが、この運転手の方は、心底びっくりしていた。
取材で川嶋さんにお目にかかる日がたまたま川嶋さんの誕生日に重なり、お祝いに、小さな花束を持って行ったことがある。川嶋さんは喜んだ。そして、私の頬にキスをした。
頬に軽くチュッとやる、あのフランス式の挨拶だ。私が留学経験者と知っていたからかもしれないが、国内で、取材先の日本人からお礼に「キス」をされたのは、あとにも先にも川嶋さんおひとりだった。
川嶋さんは「皇族のご親戚」になったことで、自分自身の行動が取材対象になることもあった。川嶋さんのコメントを取ろうと、マンションの外で、雑誌記者が待っていることもあった。そんな時でも、川嶋さんはあわてず、騒がず、いつもと同じようにふるまっていた。
「あなた、そこは直射日光がさして暑いから、こっちの日陰にいらっしゃい」
「雨がひどいから、こちらにお入りなさい」
それからニコニコしながら、丁重に、お断りの口上を述べるのだ。
構えていた記者の心には、断られても、ほんわかと、温かな気持ちが残る。こうなると、なかなか意地悪なことは書けない。
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元朝日新聞記者・皇室担当の斎藤智子氏による「川嶋辰彦さんのキス」の全文は、「文藝春秋」2022年1月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
川嶋辰彦さんのキス
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