重症患者を24時間体制で受け入れ、生命を助けるための救急治療を行う「救命救急センター」は、日夜、1分1秒を争う的確な救命処置が求められる現場だ。それだけに、現場のスタッフは常に緊張を強いられながら、患者の対応にあたることとなる。はたして、現場ではどのようなやり取りが行われ、どのようにして初療を行っているのだろうか。
ここでは、都立墨東病院の救命救急センター部長として活躍する浜辺祐一氏の著書『救命センター カンファレンス・ノート』(集英社)の一部を抜粋。母親の目の前でマンションの12階から飛び降り、心肺停止状態で搬送されてきた26歳の女性にまつわる、救急救命センター当直医と救急隊員のやり取りを紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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戸板のごときバックボード
「こっちだ、移すぞ!」
救命センターの初療室に、救急隊のストレッチャーが飛び込んできた。
ストレッチャーには、その背中をバックボードで固定された患者が、救急隊員たちの手による蘇生術を受けながら、横たわっている。
バックボードとは、ABS樹脂やポリエチレンなどの硬質プラスチックでできている長さ2メートル弱、幅50センチ弱、厚さが数センチほどの板で、一見すると、サーフボードのようにも見えるが、その部分が持ち手になったりするような幾つもの穴が外縁に開けられている、いわゆる担架の一種である。
一般に、病人やけが人を運ぶための担架というと、2本の棒の間に厚手のテント生地などが張られたものを思い浮かべるかもしれない。町内会の避難訓練などの際に、防災倉庫から引っ張り出されてくる類である。
バックボードの場合は、そんな布製の担架というよりも、むしろ戸板といったイメージである。その昔、病人やけが人を、住民たちが自分たちの手で近くの医療施設に連れて行くような時、よく「戸板にのせて担ぎ込む」などと言ったものだが、この戸板すなわち雨戸に相当する現代の医療資器材だと思っていただければよい。
このバックボードは、交通事故や高所からの墜落・転落事故などで負傷した傷病者を、事故現場から運び出す場合に多用されているが、その際に布製の担架などではなく、この戸板のごときバックボードを使用する一番の理由は、傷病者に対して全脊柱固定を施すためである。
豆腐のように柔らかい脊髄
脊柱(背骨)すなわち脊椎は、頭蓋骨の下から臀部まで、椎骨と呼ばれる骨が、ちょうど連凧のように連なって形作られている。頭蓋骨側から、頸椎、胸椎、腰椎、仙椎と名付けられ、通常、頸椎は7個、胸椎は12個、腰椎は5個の椎骨からなっている。また、それぞれの椎骨は、その背中側に椎弓と呼ばれる骨性のアーチ状の構造を持っている。上下の椎弓の間には強固な靱帯が張り巡らされており、それが頸椎から腰椎まで連続し、1本のトンネルのような空間(脊柱管と呼ばれる)を作り出している。
その脊柱管の中を、脳から全身に延びている神経の束すなわち脊髄が走っている。豆腐のように柔らかい脊髄が、骨でできた硬い脊柱管に守られているような格好だ。
また、幾つもの椎骨が上下に長く連なっていることで、背骨を前後左右に曲げたりひねったりすることができるのであるが、そんな動きをしても、強固な靱帯があることで椎骨が前後左右にずれることはなく、常に脊柱管の空間は確保されており、その中を走っている脊髄が傷つくことはない。