「こりゃあ、単なる死体、死体だぜ!」
当直医のこのひと言で、初療室の動きが止まった。
部屋の中には、患者の心電図がフラットであることを警告するアラーム音だけが、けたたましく響き渡っている。
その瞬間、スタッフたちの戦闘モードは解除された。
当直医は、傍らで額からの汗を拭い、肩で息をしていた救急隊長に顔を向けた。
「救急指令センターからの第二報で、CPA(編集部注:心肺停止)だとは聞いていたんだけどさあ……隊長さん、一生懸命CPR(編集部注:心肺蘇生術)をやりながら搬送して来てくれて、こんな言い方するのは、ほんと申し訳ないと思うんだけどね、いいかい、こりゃあ、単なる死体、死体だぜ!」
* * *
「その後は、どうしたの」
「ええ、その時点を、死亡確認時刻としました」
全身のレントゲン写真だけは、一応、撮っておいたとの当直医の報告に、さっきの写真だな、と部長が頷いた。
「で、救急隊は、なんて言ってたよ」
ま、まさか、こんな状態でも、救命センターに連れてくりゃ何とかなる、なあんて本気で考えてたんじゃ、ねえよな、と部長は、半ば独りごちるようにして額に手を当てた。
「そう思って、私も彼らに聞いてみたんですよ、そしたら……ですね」
傷病者が死亡していると言うことは許されていない
――隊長さん、さっきも言ったとおり、こりゃ死体だぜ、墜落による即死体、だから治療の対象なんかにはならないよ
――すみません、先生、我々には、特別の場合を除いて、傷病者が死亡していると言うことは許されていないんです
――っていうなら、今回、まさしく特別なんじゃないの? だってさ、自転車置き場の屋根を突き破るほど、高い所から墜落して、心肺停止状態で倒れてたっていうんだから
――はあ、しかし、傷病者は脳脱状態でもありませんし、体幹部も離断されておりませんでしたから、誰が見ても死体だと言える社会死状態とは、残念ながら判断できませんでしたので……
――だったら、尋ねるけど、こんな状態で救命センターに搬送してくることに、いったい、何の意味があるっていうの?
――それは……
――今、やってみせたじゃない、あなたたちのやってきてくれたCPRが、全然有効なものではないんだってことを
――は、はあ……
――まさか、自分たちのやっている蘇生行為の評価が、正しくできないってこと?
――いえ、そんなことは……
――じゃあ、どういうことなの?
――は、はあ……そのお、現場にいた母親が、ですね、娘を助けてくれ、何とかしろ、早く病院に連れて行け、と、もうほとんど半狂乱の状態でして……