「今回のようなこと、一度や二度じゃあないんですよ」
「優しいんだよ、救急隊は」
その半狂乱の母親に気をつかって、というか、とにかく、みんなが娘を助けようと努力しているっていうことを、アピールしたかったんだろうな、きっと、と当直医をなだめるような口調で部長が言った。
「そんなこと、あり得ないですよ、先生、だって、救急車には、母親はもちろん、誰も同乗してきてないんですよ、それじゃあ、見せようがないじゃないですか、自分たちや救命センターがやってることを」
母親は、その後、パトカーで来院したんだが、実際に母親が娘と再び対面したのは、救命センターの地下にある霊安室の中でであり、そのまま、娘の遺体と一緒に所轄の警察に向かったようだ、と当直医は付け加えた。
「なんだ、母親とは、会ってないのか」
次の患者さんが、すでに来てましたから、それに、こっちの方こそ、本当に瀕死の重症患者で、とても、手が離せるような状況ではなかったので、と当直医は答えた。
「だけど先生、その母親に会えていたとして、いったい、どんな優しさを見せてやることができますか、我々に」
グロテスクなレントゲン写真を見せて、損傷の状況を話したところで、泣き叫んでいたっていう母親が、冷静に聞いてくれると思いますか、先生、あるいは、救命センターに運んでいろいろやったんだけど、残念ながらダメでしたなんて言ったところで、そんなことが、目の前で実の娘に飛び降りられてしまった母親の慰めになりますか、そんなの、ただの嘘っぱちの自己満足の偽善じゃあないですかあ、と当直医は部長に食ってかかった。
「まあまあ、落ち着きなよ」
「だって、今回のようなこと、一度や二度じゃあないんですよ、先生!」
わかってるわかってる、そのことは俺から救急隊の方にきちんと申し入れをしておくから、ね、と部長は当直医を押しとどめた。
それは、実は一救急隊の問題ではなく、逼迫している現在の救急医療事情に直結していることなんだから……と、部長は独りごちた。
「それじゃ、次のその瀕死の患者のプレゼンテーションに、移ってもらおうか」
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