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「ジエウが来た年は、ベトナム側の送り出し機関に問題があって、他の年より実習生の質がだいぶ悪かった。うちにはジエウともうひとり、隣の会社にも2人が来よったけど、全員が逃げた。ただ、ジエウはそのなかでも1人だけタイプが違った。日本に仕事をしに来たとは思えんほど、特に不真面目な印象じゃったわ」

「人を殺してもへっちゃらで逃げそうなタイプ」

 A氏がすすんで取材に応じてくれた理由のひとつは、往年のジエウが悪い意味で記憶に残る存在だったからのようだ。A水産をはじめ、漁村Zの水産会社は多くが技能実習生を雇用している。かつては中国人が主だったが、ジエウが来日したあたりからベトナム人への置き換わりが進んでいった。

牡蠣打ちの際に用いられる木の名札。カタカナの名前が目立つ。撮影:郡山総一郎

「ジエウはベトナム側の送り出し機関にいた期間が長かったいうて、実習生にしては日本語が上手かった。漢字もいくつかわかるようじゃった。でも、あらゆることにいい加減で、わしらの言うことをなんも聞かん。他人に無関心で、他のベトナム人とも打ち解けとらなんだ。あいつは5年後に茨城県で人をはねたというが、たしかに人を殺してもへっちゃらで逃げそうなタイプじゃったと思うよ」

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 そう語るA氏に対して、彼の妻もこう言う。

「ちょっと変わった感じの子でした。うちに来たときは25歳だったけれど、年齢相応のキャピキャピした女の子らしいところがまったくなかった。スレていた? そう、確かにそんな印象でしたね。他のベトナム人と比べても、スレた感じの子だったと思います」

A水産で保管されていた、来日直後のジエウの在留カード。なお「TRAN」はベトナム語では「チャン」と読む(漢字で書くと「陳」だ)。筆者撮影

 技能実習生としては比較的高い日本語能力、愛嬌が薄い性格、全体的に漂う無気力な雰囲気──。過去のジエウのこうした特徴は、私が牛久警察署で最初に彼女と接見したときや、公判を傍聴するなかで受けた印象とほぼ同じだった。

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「逃げる3日くらい前から、いきなり明るくなって、ニコニコしながら手際よう仕事するようになった。『さすがにこれまでの自分を反省したんか』と家族と話し合うとったら、本人がおらんなった」

牡蠣打ちに用いる道具。きれいに剥くには技術が必要だ。撮影:郡山総一郎

 詳しくは2本目の記事で書くが、ジエウに限らず、漁村Zではほぼ毎年、一定数の技能実習生が逃亡している。中国人は逃げる前でも様子を変えないが、ベトナム人は逃亡を決めると明らかにテンションが上がるのでわかりやすいという。