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盤上と人生を「俯瞰する力」

 筆者は叡王を獲得した直後に藤井と話をしたが、三冠になったことを喜ぶわけでもなく、指した将棋を振り返りながら、非常に冷静だった。このとき私は気がついた。藤井は盤上と人生両方において「俯瞰」する能力が優れていることを。

 渡辺との棋聖戦では飛車をただ捨てした後、敵玉を仕留めて防衛した。豊島との叡王戦では自陣の片隅で眠っていた桂馬を活用するという、AIも予測しない手から奪取した。どちらも盤面全体を俯瞰していなければ思いつかない手だ。

 人生の岐路でも、何を修正して何に挑戦すべきかを冷静に俯瞰して決断してきた。苦手な相手も戦法も克服し、常に新しいことに挑戦することで「持続的優位」を確保している。この俯瞰する力が優れていたからこそ、タイトルを取ったあと、谷川浩司も羽生善治も経験した「2年目のジンクス」に陥らなかったのだ。

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藤井聡太三冠 写真提供:日本将棋連盟

注視すべきライバルは渡辺明か

 現在の藤井には八冠完全制覇へ、行く手を阻むものは見えない。名人への挑戦だけは最短でも2023年4月からだが、2022年度中に残されたタイトル全てを獲得しても私は驚かない。一番の敵はハードスケジュールだろう。2021年7月から9月にかけても異常な日程で対局をこなしたが(23局で19勝4敗)、今後もこの状態は続く。しかも愛知県瀬戸市在住なので名古屋に出るにも30分はかかり、東へも西へも、どこに向かうにも遠征だ。今後は体調管理が問題となる。

 注視すべきライバルはやはり、複数タイトルを分け合う渡辺明だろう。渡辺は竜王を9連覇したように二日制のタイトル戦に強い(タイトル29期中18期が二日制)。また作戦選択も巧妙で相手が何を考えているかを読み取るのがうまい。渡辺が持つ二日制の名人や王将に挑戦したときにどんな戦いをするのか、楽しみである。(記録は2021年10月27日現在)

◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『文藝春秋オピニオン 2022年の論点100』に掲載されています。