もともと、ラグビーワールドカップ2019の会場として計画を進めた経緯もあって、当時の都やJSCの公文書では、「20年にオリンピックが来たら、その時にはサブトラックは必要だが、必ずしも恒久的な施設である条件はないので、サブトラックの場所を決めなくても都市計画を行うことは可能」(当時の都技監)という認識だった。別の機会に、都の幹部と東京2020組織委員会会長を務めた森喜朗元首相らが、「サブトラックは競技場敷地の外」と方針を話し合ったことも当時の公文書に残る。
つまり、政府も都も端から“フルスペック”の国立競技場を造る気はなく、その主な目的は、五輪開催に便乗した神宮外苑一帯の再開発だったのだ(拙著『亡国の東京オリンピック』[文藝春秋]ではこの経緯を追っている)。
このように、陸上競技場としてはオリパラ限りで使い捨てられる予定だったのが国立競技場の現実だ。しかも、維持費は今後50年間で毎年24億円かかる。サッカーやラグビーの試合で毎回、会場を満員にするのは現実的ではない。また、運営権の売却を目指しているものの、前述のようにコンサート会場としても利用しにくいこともあって、運営主体として名乗りを上げる民間企業はまだいない。
この国のスポーツ行政の正体
では、建設前から常設でなかったサブトラックを今になって、政府が設置を検討しているのはなぜなのか。
WAのセバスチャン・コー会長が20年10月、大会前に来日し、国立競技場を視察した。その際、「世界選手権を日本に持ってきたい。できれば国立競技場で開催したいと思っている」と述べたのである。萩生田文科相もその翌日、「2025年に陸上の世界選手権を東京都で開催したい」と、コー会長から伝えられたと明かした。
これを受け、菅義偉首相(当時)が、萩生田文科相に検討を指示。菅首相の事実上の退陣表明後、萩生田文科相が記者から問われ、改めて検討していることを再確認したのが、冒頭の一幕である。
この泥縄式の対応に追従するかのように、日本陸上競技連盟が25年世界選手権の日本招致をWAに申請したと伝えられた。WAは22年3月に開催地を決める予定で、国立競技場で開くなら、新たなサブトラック建設は必須だ。その原資は税金である。
オリンピックを土地再開発の推進力に利用し、その方便として不完全な国立競技場に建て替えておきながら、今度は世界陸上という興行にすがり、納税者に尻拭いをさせて恥じない。この国の貧しいスポーツ行政の正体が国立競技場のサブトラック問題に集約されている。