本書は、「地べたの保育士」を名乗る英国在住の労働者兼ライターによる「現代にっぽん見聞記」である。
実際に自分が目撃したものだけを書く、という姿勢によって描かれるのは、例えば未払いの賃金を取りに来ただけなのに「働け!」と罵声を浴びせられるキャバクラ嬢。「最低賃金を1500円に!」を掲げるデモで見聞きした、奴隷化する若者たちの姿。あるいはグラスルーツ(草の根運動)を体現する山谷の老活動家との語らいや予算不足ゆえに牛乳パックで靴箱までつくってしまう保育園の現状、などなど。
時にEU離脱を決めたばかりの英国及び未曾有の経済危機に襲われているスペイン事情や、ヴィクトリア朝時代に書かれたディケンズの「オリバー・ツイスト」、20世紀初頭のロンドンの貧民街を活写したジャック・ロンドンのルポなどを引き合いに出しながら、「なぜ日本のデモはこんなに画一的なのか」「なぜ労働運動は連帯できないのか」と果敢に切り込んでいく筆致は小気味よい。
本書にも記されている通り、『いまだに日本人の9割が中流意識を持っている』。自分がすでに「貧困」であること、「下層」と隣り合わせに生きていることに気づかない、いや認めたがらない。それはなぜか。
最終章に至って著者は、ホームレスのためのシェルターで生活する30代の男性が『もはや一人前の人間ではなくなったかのように力なくぽっきりと折れてしまう』姿を目の当たりにし、それは『日本人の尊厳が、つまるところ「アフォードできること(支払い能力があること)」だからではないか』という結論に達する。つまり、「払えない」者は人間と見なされないのだ。それはどう考えてもやっぱりおかしい。
ひっそりと静かな日本の生活困窮者たちよ、いや私も含めすでに貧困にあることに気づいていない自称中流者たちよ、今こそ声をあげよう。「金はなくとも尊厳はあるぞ」と。
ぶれいでぃみかこ/1965年福岡県生まれ。96年より英国ブライトンに住む。保育士、ライター。著作は『花の命はノー・フューチャー』『アナキズム・イン・ザ・UK』『ザ・レフト―UK左翼セレブ列伝』など。
まるやま まさき/1961年生まれ。作家。2011年『デフ・ヴォイス』でデビュー。今年10月に書下ろし小説『漂う子』を上梓。