プロ経営者、と呼ばれる人がいる。
内部昇格ではなく、外部からの招聘によって企業のトップに就任する。しがらみにとらわれず改革を断行し、人員整理をすることができる。ドライな欧米流という印象が強く、日本の風土にはなじまないとする意見も多いけれども、じつを言うと、四百年前の日本にもそういう人がいて、しかも結果を出したのである。
その名を、河村瑞賢(ずいけん)という。デビュー十周年をむかえる伊東潤の新刊は、その生涯を描いた歴史小説だ。
河村瑞賢(本書では「河村屋七兵衛」)は、もともと材木商だった。
かの江戸中を灰にした明暦の大火が起きたとき、誰よりも早く木曽へ行って、ごっそりと木材を買い入れて復興特需で富を築いた。ただしこの商売はきわめて清潔におこなわれたし、富は庶民に還元されたため、結果として最高の社会奉仕となったのである。徳川幕府および諸大名は、これで瑞賢に注目した。当時の日本は幕府発足後約六十年、国土開発の全盛期で、巨大プロジェクトを遂行できる優れたリーダーが求められていたのだ。
為政者は、さまざまな依頼を瑞賢にした。
国家海運の大動脈というべき西回り航路の整備。越後国上田銀山の開発。淀川と大和川の治水工事。ただちにやらなければ江戸の食糧難は深刻になり、日本の経済が停滞し、多くの人命がうしなわれる。分野も、目的も、工法もまったく異なるこれらの大事業を瑞賢がみごと成功させ得たのはなぜか。そのヒントは、たとえば瑞賢の保護者である幕府老中・稲葉正則のせりふにある。
「いかにもそなたには(中略)知識がないだろう。しかし、そなたは多くの者どもを使い、大きな事業を推し進める方法を知っている」
つまり瑞賢は、人を使うのが上手だったのだ。なるほどそれなら材木商をはじめ、あらゆる事業に通用する。むろん反撥もされるのだが、それもふくめて、人の上に立つものの徳とは何か、その具体的な姿を読者はまのあたりにするはずだ。
本書は歴史小説である。「プロ経営者」などという語は出てこない。河村瑞賢という人物自体もじつは多分に伝説をふくむが、しかし作者はあえてその一代記を仕事中心に描くことにより、小説好きのみならず、ひろく一般の職業人に何ごとかを伝える意図があるようだ。以て気概を見るべきだろう。なお本書の瑞賢にはただひとつ、現代のプロ経営者と正反対のところがある。彼はぜったいに人員整理をしなかった。