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「ここで吐かれたりしたらどうしよう、と思っているのかな」と思いつつ動向を見守っていると、元直線の女性がポケットからスマートフォンを取り出し、何か操作をしているように見えた。その間、俯いた男性の顔をチラチラと何度も見ていて、男性が自分の頭がガクンとなった衝撃で一瞬目を覚ましたとき、元直線はスマートフォンの画面が男性に見えないよう、サッと自分の胸元まで引いた。そしてまた男性が眠ったのを確認すると、スマートフォンを男性の顔が写るように向け始めた。

 状況から察するに、おそらく男性の寝顔を撮影して、誰かに送信するか、SNSにあげているのだとわかった。

©iStock.com

「もしかして、二人は知り合いなのではないか」

 元直線は、男性とスマートフォンの画面を交互に見ては「ぶふっ」と吹き出したり、ニヤニヤ笑ったりしていた。盗み見るつもりはないのだけれど、元直線が眠っている男性と一緒に、満面の笑みでピースしながら自撮りをし始めたので、その異様な光景に目を奪われ続けてしまった。男性は電車の揺れに合わせて頭をグラグラし続けていたが、自撮りのために男性の体に近づいた元直線の肩に頭がフィットしたのか、そのまま心地好さそうに眠っている。

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 元直線はさらに自撮りを続け、だんだんと大胆な動作で男性の頭に自分の頬を寄せたり頭をくっつけたりして、さもカップルであるかのような写真を次々に撮影している。愛しげに頭を寄せ合う二人に、ふと「もしかして、二人は知り合いなのではないか」という考えが頭をよぎった。乗車してきた駅が違うだけで、実は車内で待ち合わせをしていた可能性も否定できない。

 さっき、私は元直線の女性の動向に良からぬ予感がしたので、楽しげに自撮りをしている彼女と眠っている男性の姿を、何かあったときのためにこっそりと動画に収めておいた。本来するべきではないが、もしこの後、男性が何か事件に巻き込まれたら、この動画が役に立つかもしれない。そう思って録っておいたのだが、もしもこの二人が知人同士であれば、私の考えは完全に杞憂であり、動画は削除すべきだと思った。

筆者が撮影した実際の場面 ©吉川ばんび

「元直線」はさらに不穏な動きを……

 自撮りを始めて20分ほど経過し、元直線が飽きた様子を醸し出し始めたころ、事態はまた不穏な方向に動き始めた。男性が熟睡しているのを確認すると、元直線はキョロキョロと周りを見回すそぶりを見せた。目が合うのを避けるため、私はふっと視線を下げた。車両にいるほとんどの人が眠っているのを確認したのか、元直線はそっと男性の腕を掴んだ。

 私は念のため、イヤホンを外した。掴まれた男性の腕は、ゆっくりと慎重に、元直線の腰から尻付近に誘導されていく。男性が起きる様子はない。元直線はそのまま男性の手を、自分の腰と座席の背もたれ部分で挟むようにモゾモゾと体を動かしている。