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《プロ野球選手→養豚場進出》「豚がめちゃくちゃかわいいんですよね(笑)」“勝利の方程式を担った男”を今も支えるトレーナーの言葉

「戦力外からの養豚場勤務」菊地和正さんインタビュー #2

2021/12/28

「豚がめちゃくちゃかわいいんですよね」――こう笑うのは、元プロ野球選手の菊地和正さん。現在、菊地は地元の群馬県高崎市で(株)S.G.R企画の代表取締役として豚肉の販売などを行っており、加えて自ら養豚場で働き、出荷をするブランド豚を飼育している。

 投手として北海道日本ハムファイターズと横浜DeNAベイスターズで10年間活動したものの、ケガにも泣かされ、全盛期の輝きが長く続かなかった菊地さん。だが、プロ野球生活で得た経験は、「第二の人生」で思わぬ方向に花開いていく……。

現役時代の菊地さん ©文藝春秋

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 さて第二の人生。菊地は冒頭で紹介した豚肉関係の仕事をいきなり始めたわけではなく、まずはバイト三昧の日々からスタートした。

「野球だけをやってきて世の中の仕事というものがわかっていない僕がいきなり就職しても『こんなはずじゃなかった!』と音を上げてしまうんじゃないかって思ったんです。だったらまずはバイトからということでゴルフ道具の量販店や倉庫の作業員、電気工事の手伝いなどいろんなことをしたんです」

 社会的リハビリともいえる日々。あらゆる業種での仕事は目からウロコの連続で、菊地は一般社会をサバイブするスキルを身に付けていった。

「いい経験でしたね。とくにゴルフ道具の量販店での接客業は、その後、豚肉の販売や営業をする際に役に立ちました」

 また母校の上武大や、同級生が部長を務めていた桐生第一高校などでコーチを依頼されるなど、時には二足の草鞋を履きながら自分に合った仕事を探した。

 そして2019年、その時はやってきた。

「仲のいい知り合いから『これ仕事にすればいいじゃん』と言われて…」

「伯父(母の兄)が地元で50年ぐらい農場(養豚場)を営んでいるんですけど、お世話になった方々にお中元やお歳暮でうちの豚肉を送っていたんです。そしたら評判が良くて、仲のいい知り合いから『これ仕事にすればいいじゃん』と言われ、これをきっかけに豚肉の販売をするようになったんです」

 伯父に販売の許可をもらうと、このご時世、商品に特徴がないと売れないとブランド化を提案した。それが現在、菊地が育て、扱っている『勝五郎豚』である。独自の交配により生み出された品種で、肉質が柔らかく脂の軽い、うま味の強い豚肉。とくに女性や子どもに人気があるという。