「豚がめちゃくちゃかわいいんですよね」

 元プロ野球選手の菊地和正は、目元に皺をよせ嬉しそうに言った。

 野球と養豚の不思議な関係――。

ADVERTISEMENT

養豚場で笑う菊地さん(菊地さん提供)

 菊地は、投手として北海道日本ハムファイターズと横浜DeNAベイスターズで10年間活動し、2015年にBCリーグ群馬ダイヤモンドペガサスで現役生活を終えている。切れのあるストレートと落差の大きなフォークを武器に、投手として輝いた期間は決して長くはなかったものの、雰囲気あるマウンドさばきで非常に印象に残る投手だった。

現役時代の菊地さん ©文藝春秋

 現在、菊地は地元の群馬県高崎市で(株)S.G.R企画の代表取締役として豚肉の販売などを行っており、加えて自ら養豚場で働き、出荷をするブランド豚を飼育している。

「この仕事はやりがいだらけですよ。大変なことも確かに多いですが、僕自身、うちの豚肉の一番のファンなので、とにかくお客さんにいい商品を届けたいなって」

セレクションの遠投で回り出した「運命の歯車」

 菊地は、上武大学で3年生になるまで、まったくの無名の選手だった。樹徳高校時代は控えの投手。ストレートのMAXは130キロ程度、変化球はカーブのみで特別なモノは持っていなかった。通常であれば高校卒業を機に野球に見切りをつけてもいいものだが、菊地は大学でも野球をつづけたかった。

「高校でレギュラーになれない選手って、自分の才量が見えて現実を受けとめるのが普通なのでしょうけど、僕は精神的に子どもで、夢を諦めず頑張っていればいずれ芽が出るはずだと考えていたんです」

 菊地は上武大のセレクションに合格。遠投の試験の際、ホームベースからダイレクトでセンターフェンスに2回連続して当てたことで、谷口英功(現・英規)監督の目に止った。

2004年の日本ハムの新入団選手たち。ポジションとあわせて後列右からダルビッシュ有投手、市川卓内野手、菊地和正投手、中村渉投手、鵜久森淳志外野手、工藤隆人外野手、橋本義隆投手 ©時事通信社

 だが若者の心は揺るぎやすくうつろだ。菊地は大学を1年過ごしたころ「急に現実が見えてしまって……」野球を辞めたくなってしまった。しかし谷口監督や高校時代の監督の説得もあり、草むしりでも何でもいいから受け入れてくれた大学に恩を返すためにあと1年は所属していろと諭され、受け入れることにした。

「けど外から野球を見ていると、どうしてもやりたくなっちゃうんですよね(苦笑)。そんなこともあったので、それからはもう必死で野球に打ち込みました」

 以降、本気になった菊地は急速に成長し、チームの中心選手になっていく。大学選手権や神宮大会といった大舞台でも投げるようになり、いつしか菊地の周囲にはプロ野球のスカウトが集うようになっていた。