力士のスカウトにカネが動くのは「常識」
相撲部屋が、部屋の「米びつ」となる関取を欲しがっているのはいつの時代も同じである。田中氏は、有力な部員たちの入門先を自ら決め、その際に入ってくる「支度金」も管理していた。プロ野球のように透明なドラフト制度がない角界ではあるが、力士のスカウトにカネが動くというのはもはや「常識」だ。
「先般、貴闘力(元関脇、元大嶽親方)が自身のYouTubeチャンネルで、親方時代に鳥取城北高校から山口(元幕内・大喜鵬)を獲得しようとしたところ、石浦外喜義監督(幕内力士・石浦の実父)から1億円を要求されたという話を暴露していました。山口は中学、高校とも個人で日本一に輝いていましたし、その後の大学4年間で獲得したタイトルは、合計19個に上ります。それを考えれば、1億円というのも不自然な話ではありません。1999年、東関部屋に入門した高見盛(現・東関親方)の場合は、東関部屋から日大へ5000万円が動いたとまことしやかに囁かれました」(全国紙大相撲担当記者)
学生相撲の特待生として日大に入部すると、副食費や大会に出場する際の遠征費、さまざまな経費が原則として免除される。その費用は日大相撲部持ちだが、そのかわり、選手がプロ入りする際、何十倍にもなって戻ってくることになる。
プロ入りの時期で実行される巧妙な「進路振り分け」
田中氏は、選手たちの性格や人間関係を見極めながら、日大相撲部の影響力が最大になるよう「入門先」を選定。大学のみならず、中学、高校のアマ相撲界にも息のかかった指導者を送り込むことで、資金力と支配力を同時に高めていった。
「現在の高校相撲では、東の埼玉栄、西の鳥取城北が2大名門校です。栄の山田道紀監督、城北の石浦外喜義監督はいずれも日大出身で、埼玉栄は豪栄道や貴景勝、鳥取城北は琴光喜や照ノ富士らが出身者。それぞれ角界における派閥を作っていますが、すべては田中さんが作り上げた世界です」(同前)
田中氏が初期にスカウトした力士に久島海(元前頭筆頭、本名久嶋啓太。2012年死去)がいる。和歌山県の新宮高校時代、史上初となる「高校生アマ横綱」に輝いた久嶋を獲得するため、田中氏は久嶋の実家の靴店に大量の発注をかけ、外堀を埋めて獲得に成功している。
「久嶋や田宮(元大関・琴光喜)のような大物のスカウトはもちろんのこと、智乃花のように母子家庭で経済的な事情から獲得しやすい選手を狙ったり、体は小さくても運動神経が良く成功しそうな子を見極める力は確かなものがあったと思います」(同前)
日大に入学した選手たちは4年後、プロ入りの時期を迎える。ここでも田中氏の巧妙な「進路振り分け」が実行されることになる。