1ページ目から読む
3/4ページ目

マニアックな相撲の話題が好きな白鵬の思考回路が変わり始めた

 一般男性への暴行問題による引責で朝青龍が引退した10年初場所以降、白鵬は一人横綱となった。同じモンゴル出身でも“やんちゃ”だった先輩に対し、落ち着いた外見から“優等生”のイメージが自然とつき、清新なニューリーダー像としての期待が高まった。

朝青龍 ©文藝春秋

 双葉山に次ぐ史上2位の63連勝はもちろんのこと、親方や力士による野球賭博騒動で角界が揺れたのが同じ10年。第一人者として土俵を引き締め、名実共に大横綱へと歩み出したことにより自分自身の中で何かがはじけた時期なのかもしれない。当時は招致立候補すら未定の東京五輪開会式での横綱土俵入りに早くも名乗り出て、引退後も現役名で親方になれる一代年寄を意識する発言を漏らし始めたのも、この年を境にしたものだった。相撲の神様である不世出の横綱双葉山の取組映像をうっとりと眺めて解説するように、マニアックな相撲の話題が好きだった白鵬の思考回路が変わり始めた。自らの取り口よりも角界全体への言及が増え「力士代表として――」のフレーズも好んで用いるようになった。

双葉山 ©文藝春秋

「章さんは俺のことを嫌っているのかな」と聞いたことも…

 不祥事に大揺れの10年名古屋場所で全勝優勝し、大鵬の45連勝も抜いた。場所後の8月には天皇陛下からねぎらいの書簡が贈られ「すごく救われた。自分の考えが間違っていなかったと確信した瞬間だった」と後に述懐している。今でも大切な思い出だという。連勝記録を稀勢の里に止められても独り勝ちは止まらず、真のライバルも現れない。こうなるとただ勝つだけでは飽き足らず、勝ち方や勝った後に浴びる称賛を欲するようになって自然体から遠のく。同時に自分の白星よりも黒星の時の方が観衆は盛り上がるという現状に「負けて騒がれる力士にならなければ」と言いつつも、満面の笑みが徐々に減っていった。

ADVERTISEMENT

 宮城野部屋所属の元特等床山だった加藤章氏(67)は3年前に日本相撲協会を定年退職した今だからこそ、打ち明けられることもある。大銀杏をずっと担当してきた白鵬なのに「実は入ってきた時から何となく苦手なタイプだった。理由は分からないけど、しばらく自分から話すこともなかった。だいぶ後から打ち解けたけど」と言う。

 つかず離れずの関係が続き、10年の春巡業だった。加藤氏は朝稽古後に横綱、大関専用の支度部屋で新大関把瑠都らと一緒に弁当を食べていた。すると離れた位置に陣取る白鵬が困惑したような表情を浮かべ「章さん、どこでメシを食べているんですか。俺のところで食べようよ」と懇願。この前後には同部屋の力士に「章さんは俺のことを嫌っているのかな」と聞いたこともあったという。