日本球界でほとんど名を知られていない23歳の右腕投手、松田康甫がロサンゼルス・ドジャースへの移籍を発表したのは1月17日のことだった。
拓殖大学時代は4年時に1度しか登板せず、BCリーグの茨城アストロプラネッツでも3試合しか投げていない。大学1年冬に右肩を故障し、茨城で1年目の2021年7月にトミージョン手術を受けた影響だ。
そんな無名投手は193cm、95kgというメジャーリーガー並みの体躯を誇り、最速155.8km/hを誇るという。名門ドジャースにポテンシャルを見込まれて契約を交わしたというニュースは、”シンデレラストーリー”としてテレビや新聞、ネットメディアを駆け抜けた。
茨城からステップアップした選手は、松田の他にもいる。昨年にはセサル・バルガスがオリックス、ダリエル・アルバレスがソフトバンクへシーズン途中に移籍し、ドラフトでは山中尭之がオリックスに育成1位、大橋武尊がDeNAに育成3位で指名された。さらにヨーロッパの野球強国オランダのオーステルハウト・ツインズと提携し、選手派遣も行っている。
日本全国に約30の独立リーグ球団があるなか、なぜ、茨城ばかり世界に人材を輩出しているのか。
「一言で言うと、茨城に来ると世界があるんです」
色川冬馬GMは会見で記者の質問にそう答えると、一呼吸入れて続けた。
「昨年の茨城アストロプラネッツで言うと、キューバから来たアルバレス、メキシコから来たバルガス、ベネズエラが来たラモン・カブレラがいる。そこにアメリカと日本、そして中南米を経験してきた日本人の指導者と、世界のマーケットを見ている我々がいる。地元や、違う県から来た日本人選手もいる。うちの球団は一人ひとりバックグラウンドが違うので、作っていく未来は当然違うんです」
NPBとMLB、組織作りの違い
NPBが獲得を見送った選手に、ドジャースは可能性を見出した。加えて言えば、日本のアマチュア球界が育てられなかった大器を、茨城球団は次のステップに送り出した。
なぜ、二者択一でこうも答えが違うのか。そうした視点で今回の移籍を眺めると、興味深いコントラストが浮かび上がってくる。
「寂しいなって、個人的には思いますよ」
ドジャース入団に至った一方、ドラフトで声をかけなかったNPBの決断について色川GMは率直に明かした。松田が昨年4月中旬に巨人三軍との交流戦で155.8km/hを計測した時点では複数のNPB球団も注目していたが、トミージョン手術の予定を聞くと、一様に手を引いたという。
肘の内側側副靭帯の再建術は日本でも一般的になり、アマチュア時代に経験している投手も珍しくない。2020年には東海大学の山崎伊織、慶應大学の佐藤宏樹というドラフト候補が同手術を受けたが、それぞれ巨人2位、ソフトバンクの育成1位で指名された。2人はアマチュアでの実績があるから、NPBでチャンスを得られたのだろう。
こうした現実について、色川GMは「組織作りの違い」と受け止めている。
「NPBはドラフトで指名される数も限られていて、特に大卒1年目の世代なら1年目から一軍で投げられる即戦力を欲しています。逆にMLBであれば、一緒にリハビリの期間も含めて考えてくれて、そこのプランを持ってやってくれるという確信がありました。実際、ドジャースは『こういうプランがいいのでは』と提案してくれました。松田とは、『正しいリハビリのプロセスを経れば、160km/hも夢ではない』という話をしています」
子どもの頃から「世界一の野球選手」を夢見てきた松田は、こうしてスタートラインに立つことができた。