『ハッピー・サッド』の水玉シャツはシルクスクリーンで刷るところから
おぐら ジャケットの衣装はそうだとして、ステージの衣装は野宮さんが?
野宮 ステージ衣装に関しては私も意見を言ってました。ただやっぱりジャケットとかのアートワークは作品なので。「あの映画の」とか「あの写真集の」とか、小西さんにも信藤さんにも細かいこだわりがたくさんあったから。
たとえば『ハッピー・サッド』のCDシングルのジャケットは、私の顔は写っていなくて、細かい水玉のシャツにニットのネクタイのアップなんですけど、その水玉の目の詰まり具合にかなりこだわっていて。でも、既製品で探してもそんな生地は見つからなかったんです。だからもう一からシルクスクリーンで刷るところから。
速水・おぐら えー!
野宮 しかも、いざそれをシャツに仕立てたら、思っていたより襟が大きくて。撮影の日にスタジオで作り直させたという。そのプリントした水玉の生地は残っていなかったので、シャツの背中部分を切り抜いて襟を作りました。なのでジャケットになっているそのシャツは、実は背中の生地がないんです(笑)。
おぐら ピチカートはジャケットとミュージックビデオでも衣装が違いますよね。『ハッピー・サッド』のビデオでの野宮さんは、初期のアレサ・フランクリンみたいな髪型で。
野宮 そうそう。まさに。
おぐら だけど『スウィート・ソウル・レビュー』のビデオではショートカットでキャスケットをかぶっていて。もう曲ごとに変わるので、ピチカートを知ったばかりのころは「曲によってボーカル違うのかな?」くらいに思ってました(笑)。
速水 子どもは分からないよね。
野宮 覚えてもらうためには「こういうキャラクターです」というのを一貫させるのが普通なのに、私はありとあらゆるファッションをしてましたからね。
ピチカート・ファイヴは“キッチュ”を抜いたら成立しない
速水 それだけ全然違うファッションをしているのに統一感があるのがすごいんですよ。つまり、一見するとバラバラだけど、根底には「ピチカート・ファイヴはこういうビジュアルです」というのがちゃんとあって。エレガントとかゴージャスとかキーワードはいろいろあるんですけど、言語化するのはなかなか難しい。その中でも、これを抜いたら成立しないっていう要素が“キッチュ”なんだと思います。
野宮 あぁ……なるほど。
速水 キッチュって、個人がファッションで真似するのがものすごく難しいというか、危険なものなんですよね。
野宮 私はその危険なところが好きなのかもしれません。紙一重なところが。
おぐら 著書の『赤い口紅があればいい』と『おしゃれはほどほどでいい』にも、そのあたりのことは書いてありました。
速水 赤い口紅っていうのも、まさにキッチュですよね。
野宮 そうですね。ただ、ほんとに言葉にするのは難しいと思います。宝石とか毛皮とかのゴージャスなものを好きであるように、おもちゃのアクセサリーも同じくらい美しいと思える気持ちというか。一般的な物の価値とは違うところにあるので。
速水 僕も本を読みましたけど、そこをずばっと捉える言葉が出てこなかったのは、野宮さんの中でもまだ整理がついていない概念なんだと思うんです。これは野宮さんの問題ではなく、おそらくマーク・ボランやデヴィッド・ボウイに聞いても出てこない(笑)。