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誰もがふと思うけれど形にしていないことを形にしたときに、『君の名は。』みたいに1000万人と手を繋げることもある。

――性愛に積極的な人だけでなく、プラトニックな感情も描かれますね。

川村 男性恐怖症とか、絶食系女子といって片づけられてしまう女性の真実も知りたかったんですよ。男の人を受け付けない女性の中味を掘っていくと、そこにも恋愛感情が見えるんじゃないかなと思ったんです。だからそういう人も取材しました。その人のケースで納得したのは、自分の思い出の中に「この人」と思える人がひとりいれば、あとは不要になるという話でした。それは究極の純愛だ、とも思いました。恋愛の話って、取材すればするほど、こんな嘘みたいな話があるのかということがいっぱいありました。これを小説に書いていけばいいんだなと素直に思えた。でもいろいろヘビーでした。

――どうヘビーだったんですか。

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『億男』 (川村元気 著)

川村 『億男』を書くために100人を超える億万長者に取材した時もそうでしたけれど、やっぱり人の人生を賭した話を聞くのは、ずっしり重いものをもらいますね。今回は墓まで持っていくつもりだった恋の話をどれだけ聞き出して書けるかということをテーマにしていました。男はなんでも喋るけれど、女性は友達にも恋人にも夫にも話していないという秘話を持っていて、それはその人にとって宝物なんですよ。その話を聞かせてもらうという体験はすごくパンチがありました。恋愛というものを超えて、もう人間の幸福論に迫るような内容になっていったので。すごく面白かったです。同時にとても疲れましたけれど。

――先ほども言いました恋愛小説の新人賞の選考会でご一緒した時、「今の時代はこういう恋愛のほうが響くと思う」ということを明確におっしゃっていましたよね。川村さんは恋愛における「今どき」というのをすごく把握しているんだなという印象がありました。

川村 やっぱり作る仕事って、響かないと絶望が深いんですよ。それは売れる売れないの問題じゃなくて。自分が持っている違和感とか疑問から出発したものが、どれくらいの数の人と手を繋げるんだろうということなんです。同じ時代を生きる人たちと、僕は同じことを感じているよね、というのを確認したい気持ちがあって、だから響かないと絶望する。

――その時代の感覚を把握するというより、自分の感覚を大事にするということでしょうか。

川村 そうですね。僕が感じていることは、全然特殊なことじゃないと思うんです。今の時代、よく考えたらまわりが誰も恋愛をしていないよなという気持ちって、誰でもふと思うことなんじゃないでしょうか。そういう、誰もがふと思うんだけれども、誰も形にしていないものを、物語にしてみると、10万人、100万人、もしかしたら『君の名は。』みたいに1000万人と手を繋ぐこともありえるのだなと思っています。だからいつも自分の気持ちを深く考えますね。大衆の気持ちというのはさっぱり分からない。

 最近は〈気分〉と呼んでいます。人の気分って本当に移ろいやすくて掴むのが難しい。でも決定的な同じ気分を同時に1000万人と共有しちゃうこともある。その時、その気分というものの一部が、自分のなかにも確実にある。それを探って、表現するということでしょうか。