暴力団員を日本刀で刺し、拳銃を売りさばく。密入国者を拉致して国内の業者に斡旋する――。1980年代後半に中国残留孤児2世グループによって結成され、ヤクザも警察も恐れた最強不良集団「怒羅権」。その初代総長であり、10年に及ぶ服役を経験した筆者・佐々木秀夫(ジャン・ロンシン)氏の著書『怒羅権 初代』(宝島社)が話題だ。
父から鞭打たれる壮絶な家族環境から怒羅権結成の経緯、そして出所後に犯罪から足を洗い大工となるまでの壮絶な人生を描いた自伝から、一部を抜粋して転載する。
◆◆◆
ただならぬ気配からその言葉は噓ではないと直感した。
「大丈夫か? 何があったんだよ」
私たちはIの周りに集まって口々に声をかける。
先ほど自分の身に起きた出来事をIは少しずつ話し始めた。
「大勢に囲まれて、鉄パイプでボコボコに殴られた……。袋叩きにされているとき佐々木が見えたんだけど、押さえつけられて身動きができなくなっていて……。ヤバい、このままだとこいつらに殺される……もう、無我夢中で……、とっさにナイフを抜き、刺したんだ……」
ひと呼吸置いて、私はIに話の続きを促した。
「――それで、相手はどうなったんだ?」
「刺さったナイフを抜こうとしたんだけど……ナイフの背にギザギザがあるだろ? あれがあばら骨に引っかかり、うまく抜けねえんだ。クソッ、抜けねえって、グリグリ回していたら……、俺に任せろやって、今度は違うやつが襲ってきた……。反射的に、刺さっていたナイフを無理やり引っこ抜いて……そいつもブスッと刺して……」
「ナイフのギザギザのところ……そこに、肉片がいっぱいくっついているんだよ……」
ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。
「そうしたら、ナイフのギザギザのところ……そこに、肉片がいっぱいくっついているんだよ……。あいつ、死んじゃったかもしれない……」
不安顔に接した私はとっさに慰めた。
「心配すんな、何度も刺したことがあるからわかるんだ。人間はそんなに簡単には死なないよ」
それは本心であったし、実際にはそれどころではなかったのだ。私も散々にやられている。顔も体も傷だらけだった。それは現場からいち早く離脱した者を除けば、誰もが一緒だった。私とIだけではない。相手だってそうだったであろう。だがしかし、相手の心配など長続きはしなかった。
相手への瞬間の同情は、永続する恨みへのスパイスだ。若さとはそういうものだった。眠る直前に考えたことは、どうやって仕返しをしてやるか。それは間違いなく、Iも同じだった。実際にそれは、後日実行されることになる。
Iの話に出てくる「ナイフの背のギザギザ」とは鋸のこぎり刃のことだ。
鋸刃はセレーションと呼ばれている。