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彼らに自分の人生を乗っけたい

 野球帽も、ユニフォームを持って行かず消えるようになった父。幼き僕が何処に行ってたかを訊ねれば、バツ悪そうに「ハ、浜スタだよ」と答える父……。

 大洋ホエールズは当時、高木豊、加藤博一、屋鋪要のスーパーカートリオが走りに走りまくっていた。そんな俊足の3人に負けず劣らず、我が家にホームスチールを挑んできた人がいた。「あなたの旦那をください。じゃなきゃ殺す!」と喧嘩腰の愛人だった。兄、姉、総出の乱闘だったそうだ。母の後日談曰く、「相当なブスだった」そうだ。

 もう、こうなったら家庭はコールドゲーム。飲めない酒に溺れる母、非行に走る姉、引き篭もる兄、何も知らない僕、帰ってこなくなった父……。母子家庭になり川崎から埼玉の奥地に引っ越した。“アイツ”が好きだった野球は、アイツと共に僕の中で消えてしまった。

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 しかし数年後、僕の中に野球は思わぬ形で帰ってくる。50歳を越えた母が、まさかの60歳の“巨人ファンの男”と再婚したのだ。気持ち悪い……思春期丸出しの僕は、中高年の恋愛に明らかに嫌悪感が丸出しだった。そんな中継ぎお父さんは筆者を気遣い、付かず離れず、絶妙なポジショニングをキープしてくれた。僕は「お父さん」とは呼べなかったけれど、仲良くなりたい気持ちは強かった。だから巨人の中継を一緒に観ていた。

「おいおい、岡島が出てきたゾ。前を向いて投げないからノーコンなんだよ。みろ、また四球だ!」

「あはは、ホントだね」

 先発お父さん、中継ぎお父さん、もうどちらも居ないが、僕に「野球」は残った。特定の支持球団は正直ない。球場にも然程足を運ばない。母子家庭選手にも、母子家庭ファンにも色々事情がある。そういう野球好きが居ても良いとも思っている。

「お母さんに恩返しがしたいっす!」

 ドラフト指名され、満面の笑顔で答える母子家庭の選手。実家中継で息子の頑張りを称える母。あんたも頑張ったよ、おめでとう。気づけば僕も二児の父、“親側”にも感情移入できるようになっていた。上西小百合元衆議院議員は「他人に自分の人生乗っけてんじゃねえよ」とファン批判を繰り広げたが、それでも僕は母子家庭選手に乗っからずにはいられない。彼らが成り上がるほど、自分も何かを成し遂げたような気持ちになる。それで良い。

 今、一番求めている境遇は、母子家庭、工業高校卒、チビ、ハゲ、目が一重の選手です。そんな選手に夢を乗せたい――。

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