この時代に北里がいたなら
執筆にあたり、明治時代の衛生行政を徹底的に調べた著者は、現在の政府のコロナ対応にがっかりしているという。
日清戦争が終わった直後、大陸にいた森鷗外は、コレラ患者が発生したことを軍に報告した。日本では北里の盟友の後藤新平が、凱旋兵24万人の検疫を実施した。帰還兵の検査、発症者の隔離は、国民の命を守るために必要な措置だった。その予算は、現在の1兆円にも及んだという。
「苦しい戦争に勝った直後に、兵士を船上に留めるという処置に、陸軍の一部幹部が猛烈に反対しますが、児玉源太郎・陸軍次官は検疫完遂を主張する後藤新平を強力に支持します。後藤新平は北里の協力を得て、コレラ蔓延を阻止しました。こうした判断こそ、リーダーの正しい決断です。感染疑いの人を検査、診断し、感染者を隔離する。このシンプルな対策を徹底したことで、感染症を食い止めることができたのです。
政府のコロナ対策は迷走し、『検査をせずにコロナと診断する』という『みなし診断』など、医学的に言語道断なことが行なわれるところまできてしまっています。『検査体制を整えられなかったことは政府、厚生労働省の失策である』と認めた上で、今後の対応を検討していくべきです。
北里博士が現在の日本の様子を見たら、政治家、官僚の体たらくに、雷を落とすでしょう。そんな北里博士に成り代わり、今の日本政府にひと言言うとしたら『過ちては改むるに憚ること勿れ』といったところでしょうか」
(取材・構成:文藝春秋第二編集部、撮影:今井知佑/文藝春秋)
海堂 尊(かいどう・たける)
1961年千葉県生まれ。医師、作家。『チーム・バチスタの栄光』で第4回「このミステリーがすごい」大賞を受賞、作家デビュー。近著に『コロナ黙示録』『コロナ狂騒録』。評伝として『よみがえる天才 北里柴三郎』『よみがえる天才 森鷗外』(ともに、ちくまプリマ―新書)を連続刊行予定。