父はでも怒らなかったですねぇ
――食卓ではよくお話しになったんですか?
万里 まぁ、良くないかもしれないけどテレビをつけて、家族で一緒にニュースを見ながら夕食を食べていました。幼稚園のときは一緒にお風呂も入れてもらっていました。
――いいお父さまでいらっしゃいますね。
万里 そうですね。歯を磨くとき、子どもは背が低いから、大人用の鏡には背が届かなくて自分の顔が映らない。昔は今みたいに大きくて立派な鏡がないんですね。そうすると、父が私用にもう一枚別の鏡を貼りつけてくれて、自分の鏡で歯磨きができるようにしてくれた。それから冬は寒いでしょ、だから湯たんぽを入れてもらって、朝になるとぬるくなったお湯で顔を洗わせてもらったりとか、そういった日常生活の中で、目の前の細かなことを普通にしてくれた。ただ、父は仕事で忙しくしていましたから、遠くへ遊びに行くことはあまりなかったけど、それでも旅行や遊園地にたまには遊びに連れて行ってくれました。
――あの……怒ったりされることはあったんですか?
万里 (声をひそめて)ほとんど怒らない……。ちょっと騒いだら、「静かにしなさい」とかは言われましたけど、でも怒らなかったですねぇ。「ちゃんと片づけなさい」といった細かいことは母が叱り役。進路についても、「自分の好きなようにしなさい」という感じで。
――自分のことは自分で考えなさい、ということでしょうか?
万里 そういうことでしょうね。ただね、一度ダメ出しをくらったことがありました。小学校2年生くらいのとき、夏休み帳の宿題があったんです。でも、私は早く終わらせてしまいたいから、1~2日でダーッとすごい汚い字で終わらせてしまった。とにかく書けばいいんでしょって感じでね。ところがそれを夏休みの最後に父が見て、「ダメ」って。「きちんと書きなさい」と全部、消しゴムで消されてしまいました。
父は小さい頃から、自然の景色でも人間でも、周囲をよく観察する人でした。よく観察しているからよく覚えているんですよ、昔のことを。そうやって観察していると、見えてくるものってあるじゃないですか。例えば、普段から自分の子どもの様子をよく見ている。だから、ちらっとしか通らなくても、子どもの様子をパパッと見てすぐ気が付くわけです。それで「これやってごらんなさい」とアドバイスを言ってくれたりしてね。本は「読みなさい」とは言わないけれども、よく買ってきてくれて、「この本は面白いよ」と勧められたこともありました。