「現場の裏口に大きな運動靴が整然と置いてあった。捜査員たちは『なんだろう』と違和感を持ったんだ。遺留品は普通バラバラで、靴などはあっちを向いたりこっちを向いたりだ。なのに、その靴は裏口にきちんと並べられていた。裏口は開いていたが、やつは土足で入らなかったんだ。強盗なら土足であがる。だがやつはそこで靴を脱いだ。従業員として身についていた習慣からだろう」
この靴がもし犯人の物ならば、顔見知りの可能性が高い、捜査員らはそう踏んでいたようだ。
捨てられた黄色いスリッパ
「だが殺してしまったから、怖くなってそのまま逃げた。靴を履くなんて余裕はない。慌てて裸足で逃げ出したんだ。逃げるうちに我に返り、裸足だったことに気が付く。あの店から大通りに出るまでに靴屋があり、不要になった靴や客が履き捨てた靴をいつもゴミ箱に捨てていたらしい。犯人はそれを知っていたんだな。だからやつもあの夜、ゴミ箱を開けた。だが、捨ててあったのは黄色の便所スリッパだけだった」(元刑事C)
男は電車を乗り継いで横浜駅で降り、部屋に戻ってスリッパを履き換え、家を出た。スリッパは下駄箱の一番下から発見され。血痕が残っていた。その血をDNA鑑定したところ、被害者のものと一致。血だらけの足でスリッパを履き、血が付着したのだ。捜査員らはこの男が犯人だと確信したが、この時点で逮捕状は請求できなかった。被疑者から採取した指紋や被疑者と特定できるDNAの検体がなかったからだ。
その日から、捜査員らは横浜駅周辺や横浜の繁華街を捜索する。公園で目撃情報があれば、連日、公園に野宿した。事件発生は6月末だったが、季節はすでに真夏。炎天下で公園を見張り続ける刑事らは、見るからにホームレスのようだった。
漫画喫茶で被疑者を発見
「髭は伸び放題、身体は汗だらけ、公園のトイレで顔や頭は洗ったが、風呂にも入れず汚いし臭い。ホームレスが仲間だと思って話しかけてきた」と語る元刑事Cは、特に親子連れには気をつけていたという。
「薄汚れて臭いだけでなく、目付きだけは鋭かったから、不審者と思われて通報されると面倒だった」
元刑事らが公園に張り込んでいたその時、捜査員の1人が公園近くの漫画喫茶で、被疑者を発見する。捜査員が入ったその店の奥に、偶然、男がいたのだ。捜査員が店長と話している隙に、男は危険を察知して逃走。必死に逃げる被疑者に、年配の捜査員は追いつくことができなかった。だが、店には男が飲んだジュースが残されていた。