文庫というと、とかくライトな読み物で、新幹線でするっと読めてしまって目的地についたらポイというのが洒落た読み方だとするならば、昨今はスマホでの記事配信に押されて文庫が売れなくなったというのも分からないでもないんですよ。この連載を読んでる貴方、そう、あ・な・た、昔と比べて本を読む頻度は減っていませんか? 私は減っています。
 
 でもやっぱり旅のお供に、うんこ中の暇つぶしに、育児や介護でイレギュラーに発生する暇な時間でも眼球から情報を脳内に送り込みたいと考えれば、どこでも手軽に読める文庫をさっと出せる環境って最高に良いですよね。私はわざわざ文庫をいつでも取り出せるようにウェストポーチをつけています。たいてい取り出すのはスマホだったりもするけど。

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「死の商人」とネトウヨ(当時)に煽られたノーベル

 そんな本読みにお薦めするのは本書『面白すぎる天才科学者たち』(内田麻理香・著)です。いろんな文庫を乱読する私ですが、この本があまり売れているように見えないというのは非常に残念なことで、良いから買ってきて黙って早く読めよって思います。

 どこぞの校長も申しておりましたとおり、人間誰しも悩み苦しみ過ち、そして成長し、桃太郎は満州に渡ってジンギスカンになるのであります。この本をするっと読めばあら大変。この世の摂理をここぞと切り拓いた偉人や天才がズラッと並び、ちょっと自分の世界とは縁遠い、手の届かない人たちが如何に凄かったかだけが載ってるように感じるかもしれません。数学や化学や博物学を極めし者共が、時代を超えてその業績を誇るのをただただ眺めるだけの内容に見えるわけですよ。確かに一見、そう見える。わかった、それは認めよう。

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 だがしかし。しかしですよ。この本の書評をどうしても書きたいと思った理由があるのです。もっと売れるべき、読まれるべきなんですよ、この本は。ちょっと聞いてくださいよ。本書の素晴らしさは、一貫してこの偉人や天才たちの女性目線から見る下ネタ、ゴシップをきっちりと押さえた上で、偉大なる業績が如何なる私生活によって支えられていたのかに迫ろうというところにある「救い」です。偉大な天才科学者の私生活に焦点を当てる本は過去にもあったけど、女性著者がその天才科学者に対して「女の敵」と言い切りながら人間性と科学的実績を軽妙に語り下ろすというのはなかなかできることではないと思うのです。

2016年のノーベル賞授賞式(化学賞のジャン=ピエール・ソヴァージュ) ©getty

 あの偉大なノーベル賞を創設したダイナマイト発明者のアルフレッド・ノーベルさんは、平和主義者なのに「死の商人」とネトウヨ(当時)に煽られ孤独な人生を送っていたとか。天才の中の天才として日本でも親しみ深いニュートンさんは母親の愛情に飢え執念深く政治家のような動きをなさる御仁であったとか。その人間的バックグラウンドから彼らが呆気に取られるほど私たちのような凡庸な俗物とたいして変わらない存在にすぎないのだということを思い知らされます。貧乏から身を立てて根性で成功した者あり、クソ天才なのに女絡みで揉めた挙句決闘して死んだ者あり。