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プーチン大統領「ムチやマシンガンで脅したわけじゃない。90%以上がロシアへの再編入を支持した」クリミア併合で語った“独自の理論”

『オリバーストーン オン プーチン』より #1

source : 翻訳出版部

genre : ニュース, 社会, 政治, 国際, 読書

 2月24日、ロシアがウクライナに対する軍事侵攻を開始した。ウラジーミル・プーチン大統領は、侵攻の目的について「ウクライナ政権によって虐げられてきた人々を保護すること」と述べている。

 アメリカ合衆国の映画監督であるオリバー・ストーンは、近年の国際的な緊張についての「ロシア側の見方」を明らかにするために、2015年7月2日から2017年2月10日にかけてプーチン大統領へインタビューを行った。ストーン監督の代表作には、ベトナム帰還兵である自身の実体験を基に描いた映画『プラトーン』や、アメリカ政府による個人監視の実態を告発したエドワード・スノーデンの伝記映画『スノーデン』などがある。

 インタビューは、アメリカのテレビ局「ショータイム」が放送する4回シリーズのドキュメンタリーと、書籍『オリバー・ストーン オン プーチン』にまとめられた。ここでは、2013年の反政府デモに始まるウクライナとロシアの緊迫した関係についてプーチン氏が語った内容を、同書より再構成して紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

プーチン大統領にインタビューを行ったオリバー・ストーン監督 ©getty

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ウクライナがEUとの貿易協定を結ぶのはルール違反

 2013年11月、当時のウクライナ大統領であり、親ロシア派でもあったヴィクトル・ヤヌコーヴィチが、EUとの連合協定への調印を見送った。EU加盟を願っていた市民の怒りは、これをきっかけに大規模な反政府デモへと繋がり、2014年2月の騒乱では、ヤヌコーヴィチ氏がロシアへ逃亡するまでに至る。

 この一連の動きに対して、自身の見方を尋ねられたプーチン氏は、次のように答えた。

「ウクライナで何が起きていたのか、1990年代初頭からさかのぼって知りたくはないかね? そこで起きていたのはウクライナ国民からの組織的略奪さ。独立直後からウクライナではロシア以上に大々的な民営化と国家資産の横領が横行し、それが生活水準の低下につながった。ウクライナの独立直後からだ。どんな勢力が政権に就こうと、一般の人々の暮らしは一向に変わらなかった」

「当然ながら国民は、上層部の身勝手な行動やとんでもない腐敗、貧困、そして一部の人間ばかりが不法に富んでいく状況にうんざりしていた。それが人々の不満の根っこにあった。そしてどんなかたちであれEU世界に出ていくことが、1990年代から始まった悲惨な状況からの解放につながると考えた。それがウクライナでの一連の出来事を引き起こした原動力だったと私は考えている」

当初、インタビューを歓迎していたが、容易に本心を明かそうとはしなかったプーチン大統領 ©文藝春秋

 さらにプーチン氏は、ヤヌコーヴィチ氏がEUとの政治・貿易協定に調印するのを延期したのは、ウクライナがすでに、旧ソビエト連邦の構成共和国で形成された国家連合であるCIS(独立国家共同体)自由貿易協定の加盟国だったからであるとした。CIS自由貿易協定については「ウクライナが設立を主導した」と語る。

「その結果として、またロシアとウクライナの経済が一体性を強め、両国の間に特別な経済関係が生まれたことで、両国の企業の多くは互いから独立して存在することができなくなった」

「ロシア市場はウクライナからの輸入に対して完全に開放されていた。当時も今も関税障壁はゼロだ。両国は単一のエネルギーシステムと輸送システムを共有している。両国の経済を結び付けていた要素はほかにもたくさんある」

 だから、ウクライナがEUとの貿易協定に調印すれば、「EUは一切の交渉もなく、あらゆる製品をわが国の領土に持ち込めることになる」ため、ルール違反だと言うのである。

「当然われわれとしては対応をとらざるをえない。そこでこう言ったんだ。ウクライナがそのような行動をとると決めたのなら、それは彼らの選択であり、ロシアは尊重する。だからといって、われわれがその代償を払ういわれはない。なぜ今日ロシアに住んでいる人々が、ウクライナ指導部の選択のツケを払わなければならないのか」