前稿は、塩分摂取量、特に高塩分食品の摂取量が多ければ多いほど、胃がんのリスクが高まることを紹介しました。
実は塩分そのものに発がん作用はありません。そのことは動物実験でも確認されている事実です。しかし、発がん作用のある物質を投与したマウスに塩分濃度を高めて投与すると、濃度が高いほど胃がんのリスクも高まることが分かっています。
つまり、発がん作用のある物質を摂取したり、何らかの要因で発がんする環境が整っている時に、塩分濃度の高いものを摂取すると、そのがんを増強する作用が働く、と考えることができるのです。
特に考えられるのは、塩分による胃の粘膜への傷害や、炎症を引き起こす危険性です。また、塩蔵食品の保存過程では「ニトロソ化合物」とよばれる発がん性が疑われる物質が産生されることがあり、これと塩分の作用によって胃がんの危険性を高めていく可能性は否定できません。
また、胃がんの原因となることで有名なヘリコバクター・ピロリ菌は、高塩分食品を多く摂取しているグループほど感染率が高いことが、様々な研究によって示されています。
その理由として、食塩含有量の多い食事は胃の粘膜を荒らしたり、粘液の性状を変えたりするため、ピロリ菌にとって棲息しやすい環境ができやすく、これが持続感染の温床となっていると見られるのです。
胃がんは、高塩分食品が胃の中に入ることが関係しているため、高塩分食品を控えることが重要になります。一方、高血圧は、体の中にナトリウムが多く入ることが関係しているため、食塩の総量を抑えることが重要になります。
もはや食塩を擁護することは不可能です。日本人の国民病ともいえる、高血圧と胃がんの予防のためにも、今日からでも減塩に取り組むべきでしょう。
厚労省がまとめた2015年の「国民健康・栄養調査」で日本人の成人の一日当たり平均食塩摂取量を見ると、男性で11.1グラム、女性で9.4グラム、男女平均で10.7グラムとなっています。これはWHO(世界保健機関)が目標値として定める「5グラム未満」の倍以上の数字です。
日本人の食生活とWHOの推奨値の開きを一気に埋めることが困難であることは、さすがの厚労省も認めているようで、「日本人の食事摂取基準」では男性9グラム未満、女性7.5グラム未満を目標に定めていました。また、2015年版からは、男性8グラム未満、女性7グラム未満に引き下げられています。まずはここを目指しましょう。
そのためには、味噌汁は一日一杯まで、漬物、佃煮、魚の干物、塩蔵魚卵などは控えめに、麺類の汁は残す、醤油や味噌は「減塩食品」を使う、だしやうま味のある素材を使って薄味調理、そして香辛料やハーブ、柑橘類や酢などの香りや辛み、酸味などを上手に利用することが重要になってきます。
以前訪れたアルゼンチン・ブエノスアイレス州では、高血圧対策として、レストランのテーブルに食塩を置いておくことが禁じられていました。食塩が欲しい時にはウエイターに頼めば持ってきてくれますが、そこにワンクッションを置くことで塩分の過剰摂取を防ぐ目的があるようです。
日本でも、というより日本こそ、こうした姿勢で減塩への取り組みを強める必要があるように思います。