昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載THIS WEEK

66歳で急逝した今成泰章スカウトが日本ハムに鳴らしていた“警鐘”

 日本ハムのスカウト、今成泰章氏が劇症型溶血性レンサ球菌感染症のため3月2日、66歳で急逝した。

 駒大時代は捕手で2度の大学日本一に輝くも、故障でプロ入りを断念。異例の“新卒スカウト”として阪神に入団し、平田勝男、和田豊、桧山進次郎ら多くの主力選手の獲得に貢献した。

今成泰章氏

 しかし02年8月末、ドラフトを前にして突然退団。

「話題性のある人気選手を欲しがる経営陣と現場のスカウトの方針が対立。指名戦略が一本化できず、嫌気が差したんです」(番記者)

 同年9月に埼玉県富士見市に居酒屋「さんきゅう」を開業したが、旧知のスカウトに説得され、03年日本ハムに入団。ダルビッシュ有や大谷翔平らを熱心に追い続けてプロの世界に導き、16年の日本一などチームの隆盛に一役買った。

「今成さんは徹底した現場主義のスタイル。高校、大学に限らず、中学の指導者にも顔が利き、有力な中学生の進学先は大抵把握していた。難しい交渉でも一瞬で心を掴んで落とすことから“マムシ”の異名をとりました」とアマ担当記者。「4年ほど前には山梨の県大会を朝一番で視察した後、昼には埼玉の大宮にいたこともありましたね」(同前)

 そこまでして追ったのが、当時花咲徳栄高の4番で、18年のドラフト2位で獲得した野村佑希だった。

「天性の長打力に惚れ込み、『自分が担当した選手で、まだ本塁打王だけがいない。お前はなれるから、しっかり練習しろよ』とハッパを掛けていた。野村はケガが多く、手術を何度か受けており、その度にお見舞いに訪れていました」(同前)