まるでくるみ割り人形のような男性の肖像画。本作は大阪で生まれ、東京で学び、パリで開花した画家・佐伯祐三が30歳という短すぎる人生の最晩期に描いたもの。モデルは、病床にあった画家のアトリエを訪れた郵便配達夫。妻・米子は出かける際に彼とすれ違い、「サンタクロースのような人」と思ったそう。そして、きっと絵のモデルになるだろう、とも。案の定、帰ってみると佐伯は制服姿でモデルになってもらう約束をとりつけていました。

壁のポスターには「ワグナー」の文字と、当時活躍していた管弦楽団と指揮者の名前が部分的に読める。
佐伯祐三「郵便配達夫」 1928年 油彩・カンヴァス 大阪中之島美術館蔵

 それにしてもこの作品、何故こんなにも印象的なのでしょう。まず、硬直した姿勢の配達夫の目でしょう。見開いた目がこちらを見据え、その向こうまで見透かされそうです。朱赤に染まった耳と頬、襟の赤が顔を強調。更に、まるで肩に突き刺さるような壁のポスターがその表情へと鑑賞者を誘います。

 次に考えられるのが、全体に向かって左へと傾いだ構図が生み出す緊迫感です。顔も体も背景のポスターも左上から右下に向けた斜めの流れを構成し、それに対し床幅木の水平線と右端の壁の垂直線が拮抗しています。この方向に傾く線は佐伯の絵によく見られるもので、右利きの画家が一気呵成に描いた勢いが読み取れます。確かに佐伯は大変な速筆で、早いときには6号の蟹の油絵を30分で仕上げたほど。友人たちとスケッチ旅行に出かけたときには、皆が起きだす頃にはすでに一枚描き上げているといった調子でした。しかし、この傾きは、病床にあった佐伯がぎりぎりのバランスを取っているさまも感じさせ、それが本作の迫力へと繋がっているのではないでしょうか。

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 佐伯祐三といえばパリの街並み、しかも裏通りを、その哀愁まで含めてカンヴァスに叩きつけたような作風で知られます。建物の壁面を正面からとらえ、立体的な描写でなく絵肌の質感で表現。特に、渋い壁面に鋭い描き文字を散らし、鮮烈な色を効かせるのが晩年の佐伯スタイル。本作は珍しい室内の人物画ですが、彼らしさが確かに表れています。壁はまるで屋外で風雨にさらされたような風合いで、ポスターに佐伯と分かる激しい文字。そして鮮烈な赤がアクセントとして効いています。

 配達夫も壁面と同じく、フラットでありながら単調ではありません。制服の青は平たいもので擦り付け、掻き取ったような鋭さがある一方、表情や手先は素早く太い線描でなされ、ヒゲと手に持つタバコは白い絵具をねじりつけたように盛り上げてあるなど、変化に富んでいます。

 佐伯が影響を受けた画家はゴッホ、ヴラマンク、ユトリロと言われますが、本作は特にゴッホを彷彿とさせるもの。佐伯は最初のパリ滞在時、ゴッホの郵便配達夫のカラー複製画を部屋に貼っていたといいます。配達夫の体と壁のキワは白でぼかしてあり、まるでほんのり後光が射しているように見えます。これは、死期が迫った彼のもとにゴッホ作品を思い起こす人物が訪れたという、この不思議な巡り合わせの神秘を表しているかのようです。

INFORMATION

「大阪中之島美術館 開館記念 超コレクション展 99のものがたり」
大阪中之島美術館にて3月21日まで
https://nakka-art.jp/exhibition-post/hello-super-collection/

●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。