虚ろな目をした鳥をパッチリお目目の可愛いキジトラ猫が弄んでいる、その細やかな描写と陰影はなかなか立体的。なんとこれは細かい石の破片をモルタルに埋め込んだモザイク画なのです。紀元前一世紀頃の制作と考えられ、イタリアはナポリ郊外の町ポンペイ最大の豪邸の床を飾っていました。
本作のように一辺が5ミリ以下の石片を使う技法をオプス・ウェルミクラトゥム(ミミズ技法の意)と呼び、大変な手間のかかる高価なものでした。その名の通り曲線に沿ってうねるように微小な石片を並べることで、絵画に見られる細やかな形状・色調の変化をモザイクでも表現できます。残念ながら、本作の作者も、ポンペイで作られたかどうかも不明。別の所で作って現地ではめ込むことが可能だったからです。
ほぼ正方形の画面の中央を白い水平線が区切っていますが、実はこれ食料貯蔵庫の棚を表しています。ネコが捕えている鳥の脚をよく見ると、赤い紐で縛られていて、棚に置かれた食材だと分かります。下段には二羽のカモ、更にその下には尾を寄せた鳥と、頭を寄せた魚が対照的に並び、二枚貝や巻貝もたっぷり。本作は食事室の手前の床にあったことから、饗宴の食材やゲストへのお土産を表しているとも考えられます。
「ネコとカモ」は部屋のセンターピースとして配置されていました。邸内の本作と対になる位置にはハトがアクセサリーを盗む図像のモザイクがあり、食材泥棒ネコと合わせて何かを象徴しているのかもしれません。また、ハスを咥えているカモの図柄が同邸内の別のモザイク「ナイル川風景」のカモを想起させ、エジプトのシンボルであるハスを強調している点、また同邸内にエジプトを征服したアレキサンダー大王のモザイクがあることから、エジプトとの繋がりが指摘されてきましたが、詳しいことは謎のままです。
ところで、この作品の構図には寄せ集め的な、画面の上下が分断したような印象を受けるのではないでしょうか。当時の地中海沿岸では人気の作品がどんどんコピーされ、自由なアレンジが加えられることも多々ありました。おそらく本作にもプロトタイプがあり、職人が自由にコピーしたか、注文主が見本帳を元にセミカスタム的に図案を組み合わせて注文するなどしたのではないでしょうか。食材として貯蔵されている本作のカモがまるで泳いでいる姿をそのまま写したようなのは、そのせいかもしれません。本作の図案に近いネコとカモを題材にしたモザイク画が、同時代のローマなど他の地でも数例見つかっていますが、本作は特に下段が食材の図柄でぎゅうぎゅう詰めになっていて、豪邸の主の太っ腹ぶりを感じます。何より本作の図柄は類似作と比べて非常に緻密で、動物たちの毛や羽の形に応じて石片が波打つようにはめ込まれ、陰影に応じて違う色を巧みに選択してあるところなど、精巧な出来映えが見どころなのは間違いなしです。
INFORMATION
特別展「ポンペイ」
東京国立博物館にて4月3日まで
https://pompeii2022.jp/
●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。