2004年、近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併に端を発したプロ野球再編問題。結果的には「楽天」が新球団を所有することになったが、当時、堀江貴文氏が代表を務めていた「ライブドア」も球界への新規参入に名乗りを上げていた。そんなライブドアの監督候補には野村克也氏の名前が挙がっていたが……。

 ここでは、野村克也氏がシダックス監督を務めていた3年間を追い続けたスポーツ紙記者、加藤弘士氏の著書『砂まみれの名将』(新潮社)の一部を抜粋。野村氏とライブドアが水面下で行っていたやりとりの一連を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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幻のスクープ

「この前、会った。でも、今は書かないでくれよ」

 眼鏡の奥にある、野村の眼光が鋭さを増した。スクープの誘惑と、取材相手との信頼関係。どちらを優先すべきか。

 頭の中でシーソーが激しく上下する。私は「はい」も「いいえ」も言えず、69歳の名将の前でただ立ち尽くすだけだった。

 球界再編騒動は激動の日々が続いていた。ライブドア社長の堀江は「時の人」として、プロ野球新規参入への意欲をアピール。メディアもその一挙手一投足を追いかけていた。

 野村はシダックスのプロ参入に色気を見せていたが、志太(編集部注:シダックス会長[当時])は明らかにトーンダウン。それでも名将はテレビ出演の機会も増える中、球界の御意見番として、プロアマ一体での球界改革を主張し続けていた。

楽天イーグルス監督時代の野村克也氏 ©文藝春秋

「カントクにもライブドアからのオファー、あるんじゃないですか?」

 そう問うと決まってこう返された。

「絶対ない。こんなジイさん、誰も相手にしてくれないよ」

 しかし、都市対抗大会を終えた9月半ばのことだった。シダックスが練習を行う関東村グラウンドに足を運ぶと、運良く報道陣は私一人だった。雑談をする中で、堀江の話題になった。

激しさを増す、球界再編を巡るスポーツ各紙の報道戦争

 そこで飛び出したのが、「この前、会った」という冒頭の言葉だった。

 69歳の名監督と、31歳の「時代の寵児」による極秘会談―。

 それだけで興味深い。

 デスクに報告すれば、間違いなく「書け」になるだろう。

「ノムさんとホリエモンが密会……新球団ライブドアが監督にリストアップ 強烈な個性ぶつかる38歳差の異色タッグ結成も」

 紙面イメージが脳裏に浮かんだ。

 十分、1面もいける話題だ。