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「とっつぁんアパート」の現在

 以来、そこを通る度に自然と看板とアパートの姿を見るようになった。一帯は路地が入り組み、昔ながらの家屋やアパートが建っているのだが、年々区画整理が進みあと数年で取り壊しになる気配が濃厚だった。周囲ではビリヤード場や飲み屋の連なる小さなアーケードなどが次々と壊され、更地になっていった。更地は区画割りされ、立派な道路が通り、真新しい建物が作られる。そうなれば少し前の風景の記憶なんてどんどん書き換えられていく。街は時代と共に変化するのが当たり前だけど、狭い道の両側に小さなお店が連なり、路地を一本入ればすぐ砂利道になる登戸駅裏の感じはどこかホッとする場所だった。そんな中に建つ「とっつぁんアパート」だからこそ、余計目に焼き付けておきたかった。

 2017年夏、登戸駅裏は一部を除き更地になった。工事中はいつも通る小道が通行止め。一帯もフェンスに囲まれて様子がよくわからなかったので、工事が終わった頃に歩いてみた。するとどうだろう、工事からギリギリで免れるような形で「とっつぁんアパート」はしっかり残っていた。今後区画整理されるか否かは不明だが、とにかく今日もそこで住人が生活を営んでいる。

 思えばとっつぁんは大洋、横浜大洋、横浜、横浜DeNAと移りゆくチームで、40年以上ユニフォームを着続けた。これまで多くの功労者を冷遇し、みんな後味の悪い辞め方をしてきたこの球団の悪しき伝統の中で、とっつぁんのような存在は稀有だ。彼とその家族がほんの一時期を過ごしたであろうアパートも、時代の流れはあれど、少しでも長くあの場所に建っていてほしい。勝手な思い入れであることは承知の上だが、その「とっつぁんアパート」を見る度にそう思わざるを得ないのだ。

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 11月23日、横浜スタジアムの改修記念でOB、現役選手を交えて「ハマスタレジェンドマッチ」が行われた。中日で引退して監督、コーチまで務めた谷繁元信や佐伯貴弘も参加して「このユニフォームを着てこの球場に立つことはもうないと思っていた」(佐伯)という全ファンを泣かせる発言が話題になったが、一方で筆者は高木豊がツイッターにアップしたポンセとの2ショット写真に釘づけになった。

 2人の後ろにとっつぁんが「うっかり」という感じで写り込んでいたのだ。それは、実にとっつぁんらしい姿だった。

 

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