今、日本のドキュメンタリー映画が注目を集めている。その先陣を切った信友直子監督の『ぼけますから、よろしくお願いします。』(2018)は、宮藤官九郎さんも絶賛し、動員20万人を超える大ヒット。
社会現象にもなった大島新監督の『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)でカメラが追い続けた小川淳也は一躍政界のヒーローになった。二人は『ぼけますから』では監督とプロデューサーという関係でもある。
優秀なディレクターが、自分の親にカメラを向けるという条件はめったに揃わない
大島 僕にとって信友さんは救世主。40歳でドキュメンタリー制作会社ネツゲンを立ち上げたけれど、映画を作っては惨敗続き。経理を担当する妻に「もうテレビに絞ったら」と苦言を呈されていた頃、フジテレビの濱潤プロデューサーから『ぼけますから』の元になったテレビドキュメンタリーを薦められて。
観てすぐに「映画にしましょう。お金も出します」と言って映画版を制作、配給したんです。当初は単館上映だったのが全国に広がって、さらに今春、続編『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえりお母さん~』を公開することになりました。
信友 いまだに信じられません。私はテレビの情報番組をずっと作ってきた人間だから、映画なんて考えてもなかった。しかも、広島の片田舎に住む私の両親が老老介護するという話です。
大島 いや、いろんなことが奇跡的に成立してるドキュメンタリーですよ。第一に、お父さんとお母さんのキャラクターがあり得ないほど魅力的。第二に、かなりの長期間カメラを回している。信友さんのドキュメンタリー番組『おっぱいと東京タワー~私の乳がん日記』(2009)で、乳がんになった信友さんに「私の胸と代わってやりたい」と言っていた元気なお母さんが、今回の続編では90歳で認知症になっている。
8歳年上のお父さんは90代にして家事を覚え、お母さんが入院すると毎日1時間歩いて見舞いに行き、お母さんを支えるために筋トレを始める。昔の映像が豊富にあるのも作品の強度を増していて、さらにそれを撮っているのが一人娘の信友さん。ただでさえ優秀なディレクターが、自分の親にカメラを向けるという条件はめったに揃わない。
信友 最初はカメラの練習がわりに撮っていたんです。でも旧知のプロデューサーの濱さんが「絶対形にしたほうがいい」と言ってくれて、「Mr.サンデー」で放送したらすごい反響だった。濱さんに「撮り続けて」と励まされ、最後にはBSの2時間番組になった。それを大島さんが観てくれたんですよね。
番組の企画になって嬉しかったのは、これで呉の実家まで経費で帰れる、撮影のテープ代も気にしなくていいと(笑)。これはフリーの身には大きなことで、お金の心配をせず、心に余裕があったからこそ気が付けたことが、作品に反映されていると思います。