降伏した後の「大きすぎる代償」
“文学的”な理由以外でも、ウクライナが降伏した際のデメリットは計り知れない。
「現在、ウクライナの世論調査では、国民の9割が大統領を支持しています。つまり、9割のウクライナ人は、『ロシアからの要求は受け入れられない。ロシアの言いなりになるくらいだったら戦った方がマシだ』と思っているわけです。ここで降伏論者が現れて『ケチケチしないで降伏を受け入れろ』と言ったとしても、国民の反感を買うだけです。そうなればその後の政権運営に支障が出て、アフガニスタンの二の舞になってしまいます」
昨年8月、アフガニスタンからアメリカ軍が撤退したことで、タリバン政権がすぐさま台頭。当時のガニ大統領は失踪してしまった。
「私自身、アフガニスタンには何度も足を運んで調査してきました。アメリカ軍が駐留していた頃、徐々に上向いていた市民生活はタリバン政権の復活とともに崩れ落ちました。そこから起きているのが国家の“崩壊”です。イスラム原理主義政権が国民の自由を抑圧。女性の権利はいちじるしく制限され、教育や仕事、芸術と、日常生活は大きく形を変えました。
ウクライナが降伏するということは、こうした状況に陥るということなのです」
ウクライナがロシアに一矢報いる“可能性”とは
自分たちの存在意義をかけた戦争。しかし、それでもロシア軍が撤退した後にウクライナ軍が得るものは何もない。
「今度は何をもって『勝利』もしくは『敗北』とするかが重要になってきます。非武装化を回避できれば勝利なのか、せめて賠償金がなくなれば敗北ではないとするのか。どのレベルの敗北を受け入れても、『それだったらこの状況を受け入れてやってもいい』と彼らが思うかどうかは分かりません」
今はまだ戦い続けることを選んでいるウクライナだが、彼らは決して華々しい勝利を飾ることはない。
「戦った末に、平和が達成できるのなら悔しいけれどそのために銃を置く。その瞬間は必ずやってきます。そしてそこには必ず何かしらの敗北の要素があるんです。家が壊されたり、親を亡くしたりしているかもしれません。しかし、これは降伏論者が勧める降伏とは違います。『明日、私として生きられる』というギリギリのところを守っての敗北なのです」
それでも歴史を振り返れば、この戦争でウクライナがロシアに一矢報いる可能性があるかもしれない。篠田氏は日露戦争を引き合いに出してこう語る。
「日露戦争で、日本は停戦までの道筋を明確につけて開戦しました。それはある程度まで成功を収めています。それでも当時の外交官である小村寿太郎が締結した停戦条件に民衆が納得できず、日比谷焼打ち事件が起こりました。この結果、日本では政治家の権力が弱体化して軍部の台頭を許してしまったという歴史があります。
ウクライナもロシアを追い詰めて停戦条件で譲歩を勝ち取れば、ロシアという大国のその後に大ダメージを与えることができるかもしれません」
ウクライナ人が生きるための戦いは、今なお続いている。