1ページ目から読む
2/3ページ目

〈八幡町遊廓は京都府綴喜郡八幡町字橋本に在つて、京阪電鉄橋本駅以西が全部遊廓の許可地に成つて居る。明治十年の創立で、歌舞伎で有名な「引窓」の「橋本の里」が今遊廓の在る所だ。淀川、桂川、宇治川の三川の合流に沿つて居るので、風景もよく、夏は涼しく、多数の網船が出漁して、夜間の不夜城、川岸に絃歌のさんざめく辺りは実に別世界の感じがある。

 丁度京、阪の中間に位置して居るので、斯うした情景を慕ひ寄つて来る者が多いので花街はめきめきと繁昌し、今では貸座敷の組合員が七十五人居り、娼妓は四百七十人、芸妓は三十名と云ふ大舞台に成つて居る。女は主に中国、四国、九州方面が多い。店は陰店式*(1)で、娼妓は居稼ぎ*(2)もやれば、又送り込み*(3)もやつて居る。

 遊興は勿論時間花制又は通し花制で廻しは絶対に取らない。費用は一時間遊びが一円で、引過ぎからの一泊は五十六円だ。台の物は附かない。芸妓の玉代は一時間が一円五十銭で、二時間目からは一円宛である。附近には石清水八幡宮、淀競馬場、柳谷観世音、関西漕艇クラブコース、等があり、松茸、川魚等が名物だ〉

ADVERTISEMENT

*(1)陰店式 遊廓は張店(張見世)、陰店(蔭見世)、写真式に分類され、張店とは「娼妓が表店に並んで店を張って居る事」、陰店は「表に店を張って居ずに、くぐりを這入って、表から見えない処に店を張って居る事」、写真式は文字通り写真で娼妓を選ぶ。
*(2)居稼ぎ 芸娼妓が、抱え主の家で客を取って稼ぐ事。
*(3)送り込み 関西方面に多く、置屋は置屋、揚屋は揚屋と、各専門的に営業をして居る処で、娼妓は置屋から揚屋へ送り込まれて行くので此の称がある。

美香茶楼の壁には珍しいコンドームの自動販売が残っている

建物を購入するまで、遊廓という日本語を知らなかった

 駐車場になろうとしていた旧橋本遊廓の妓楼建築を購入したいという意外な人物が現れた。

「こんなに日本文化が残る建物をつぶしてはもったいない」と旧三桝楼の購入を決めたのは中国出身の政倉莉佳さん。政倉さんは中国の東北地方出身。旧満州の都市部には戦前に日本が建設した建物が今も数多く残っているが、政倉さんはそれらの美しい建物を見ながら育ったのだという。

政倉莉佳さん。京都府八幡市在住。来日34年

 憧れた日本へ来日してから30年が過ぎ、すでに日本国籍を取得している。それでも政倉さんが中国出身という理由で建物の売買に反対する地域住民もいたという。一方で政倉さんが妓楼を購入できるように手助けしてくれたのもまた古くから暮らしている地域の住人だった。ところで政倉さんは旧三桝楼だった建物を購入するまで、遊廓という日本語を知らなかったそうだ。