江戸時代に産声をあげて、400年以上の歴史を持つ色街、東京・吉原。この街で働く女性たちは、長引くコロナ禍をいかに生き抜いているのか――。『娼婦たちから見た日本』(角川文庫)、『青線 売春の記憶を刻む旅』(集英社文庫)の著作で知られるノンフィクション作家・八木澤高明氏が現地を歩いた。(全3回の1回目/#2、#3を読む)
◆◆◆
吉原のネオンが消えた
「いつもは明かりがついていて、客引きの人だったり、お客さんを乗せたバンとかが、ひっきりなしに走っているんだけど、あの日吉原を通ったら、真っ暗で衝撃だったのよ。私は女だから遊ぶわけじゃないけど、いつもの光景が失われたことが何かショックでね、思わずスマホで写真を撮ったの」
昨年4月、最初に緊急事態宣言が発令された際の吉原の様子を語るのは、隣接する山谷で介護福祉士として働く羽田栞(44、仮名)だ。彼女は仕事柄、山谷や吉原周辺のマンションやアパートを周りながら、独居老人などの介護をしている。
ちょうど話を聞いた日も、吉原から通りを一本隔てた場所にあるアパートで、呼吸困難に陥った老人の介護をしていたという。彼女にとって吉原は見慣れた日常の風景である。その吉原のネオンが消えたことは、日常の喪失を意味し、ただならぬ出来事だったのだ。
彼女のスマホに保存されていた写真を見せてもらうと、街灯だけが吉原のメインストリートである仲ノ町通りを照らしていて、ひとっこ一人歩いていない。
このような光景が果たしてあったのだろうか。もしかしたら売春防止法が施行され一時的に吉原の灯が消えた時以来なのではないか。
ご存知のように東京にある色街吉原は、江戸時代に産声をあげてから400年以上の歴史がある。その存在は常に世の中の浮き沈みとともにあったわけで、日本だけでなく世界を大混乱に陥れている新型コロナウイルスの大流行とも無縁ではいられない。
政府が声高に不要不急の外出の自粛を訴えているが、そのスローガンから最も目の敵にされる存在ともいえる。この未曾有の危機の中、そこで働く関係者や女性たちはどのように生きているのだろうか。その生の声を聞いてみたいと思った。