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「今日は泣いていいですよー!」 20歳で開幕スタメン、中日・岡林勇希から届いたメッセージ

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/03/31

「2番、ライト、岡林勇希」

 華々しくコールされ、ベンチからグラウンドに駆けだした背番号60の姿に、僕は期待感ではなく、圧倒的な不安に支配されていた。2022年3月25日、東京ドーム。昨年から何十回も聞いた「開幕スタメン」の目標を見事達成した。20歳が掴んだ努力の結晶を喜びたいのに、どうしても右手の分厚いテーピングに目がいってしまう。今回は、記者としてではなく、16歳上のやや心配性のお兄ちゃんとしてこのコラムを書きたいと思う。

岡林勇希

 球春到来。この日、巨人の絶対的エース・菅野智之に挑んだ勇希くん(今回はあえてこう呼ばせてください)は、チーム初得点となる適時打を放つなど3安打の大活躍。立浪和義監督の記念すべき初陣は悔しい逆転負けだったが、石川昂弥と共に高卒3年目の存在感は際だっていた。最大4点差を逆転し、立浪竜初勝利となった3戦目でも、今季2度目の猛打賞と奮闘。ツイッター上で、次カードに対戦するファンに個人的見解で相手チーム情報を伝え合う「#プロ野球申し送り事項」では、主力の大島洋平と並び、中日で最もマークするべき選手として巨人ファンから、DeNAファンへと伝達された。

「僕は、究極のインドア派」と言い切る勇希くん。趣味は、とにかくドラマを見ること。休みがあれば全録レコーダーで保存したドラマを一気見する。好きなドラマベスト3は?と聞くと、声がだんだん弾み、散々悩んだあげく、最終的には7タイトル増えてベスト10になった。ちなみに、一番好きなドラマは『3年A組-今から皆さんは、人質です-』。ドラマは、色々な世界観に没頭できるから好きなのだとか。現代の若者感もなく、スマホのゲームも先輩に誘われて、たまーに触るくらい。SNSは「更新するのがめんどくさい」と完全に放置しているが、TikTokだけは流行の音楽を見つけるため、縦にスワイプしまくっているとこがまたかわいらしい。

 オンとオフの切り替えがとにかくうまい。寮でかわいがっている1個下の後輩・福島章太が隠し持つキャラ(もちろんピッチングも)をゲラゲラ笑いながら話してくれる姿と、グラウンドで呼吸をするようにヒットを打つ姿が、同一人物に思えないときがよくある。ルーティンは決めていない。なぜならそれに縛られたくないから。バットのこだわりも、尊敬する“大島さんモデル”ということだけ。重さを聞いても「何グラムなんだろね。わかんなーい」。天真らんまんだけど、どこか孤高のオーラも漂うのが勇希くんだ。

立浪さんからの言葉で覚悟は決まった

 新年早々、見知らぬ番号から勇希くんのスマホに着信があった。声の主は「立浪です」としゃべった。思わず、その場で直立不動。「今年は外野でいくから。頼むぞ」。秋季キャンプでは内野の練習もしたが、改めて今季は右翼のレギュラーを取ることだけに集中することが決まった。2月の春季キャンプでは一心不乱にバットを振った。「バッティングわかんねー! 長尾さん、教えてよ!」。ネット越しにパシャパシャ写真を撮る記者に、本気なのかジョークなのか分からないテンションで問いかけながら、夕暮れまで体を追い込んだ(ちなみにアドバイスは当然してません。というか、恐れ多くて、できません)。

 2月26日の阪神とのオープン戦。「1番・右翼」でスタメンをつかみ、菰野高の先輩・西勇輝や秋山拓巳からヒットを放つなど3安打して見事アピールに成功。試合後の取材中、記者から「手のひらを見せて欲しい」というリクエストがあった。勇希くんは、やや言葉に詰まりながら「ご想像にお任せします」と言って、そっと手をしまった。そのやりとりに少し違和感が残った。

 同じ場面があったことを思い出した。強化指定選手として、京田陽太や根尾昂とともにバットを振り込んだ1年前のこと。その時の傷だらけの手は痛々しかったが、それ以上に、勇希くんの練習量を語るには十分の“画”で、思わず「すごいなぁ」とつぶやいたことを記憶している。

 あとから真相を聞いてみた。すると意外な答えが返ってきた。「あれね、去年、手を見せたあとめちゃくちゃ怒られたんですよね……」。カミナリを落としたのは、当時臨時打撃コーチを務めていた立浪和義監督。「商売道具を人に簡単に見せんなよ」と叱責された。

 誤解のないように説明すれば、1年前、勇希くんが「見てください」と積極的に報道陣へ手のひらを見せたわけではない。コロナ禍ということもあり、球団広報が「努力の証」として、新聞紙面用の写真提供を各社に計らってくれた。満足に取材できない環境下での気遣いだった。

 それを理解した上で、勇希くんは「あそこで、監督にそう言っていただいたことで僕の意識は確実に変わりました」。NPB史上、最も多くの二塁打を放った「ミスタードラゴンズ」の言葉は心に刺さった。感情を出さず、黙々とやるという意味で、オープン戦の途中からガッツポーズもやめた。相手に隙を見せない。プロとしてどうあるべきかを深く考えるようになった。