性暴力やハラスメントの被害体験を「#Metoo」のハッシュタグとともにSNSに投稿する「#Metoo運動」は2017年にアメリカで始まった。きっかけは著名な映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力疑惑である。2017年10月、ニューヨーカー誌とニューヨーク・タイムズ紙の報道によって明らかになった。
『キャッチ・アンド・キル』は、ニューヨーカー誌にスクープ記事を発表し、ピューリッツァー賞に輝いたジャーナリストのローナン・ファローが、ワインスタイン事件調査の一部始終を記した本である。ここでは、同書より訳者である関美和さんの「訳者あとがき」を紹介する。
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2017年1月20日。トランプ大統領就任式の翌日、首都ワシントンDCはピンクの猫耳帽で埋め尽くされた。この日のウィメンズマーチに参加した人の数は50万人と言われる。ニューヨークでも女性の権利を求めて40万人が行進し、全米で300万人がこの集会に参加した。ウィメンズマーチはその後ロンドン、パリ、東京など世界各地に広がっていく。
選挙戦終盤、投票日まであと数週間に迫った2016年10月、トランプが11年前に芸能ゴシップ番組のロケバスの中で撮影した動画が浮上した。「金と権力されあれば女のお〇〇こを鷲掴みにできる」と自慢げに語るトランプの声と、それに嬉々(きき)として合いの手を入れる番組司会者の姿が全米に公開されたのだ。だがそのトランプが大統領に就任した。
とはいえ就任式翌日にウィメンズ・マーチに参加した人たちの動機はトランプへの怒りだけではなかった。金と権力にものを言わせて女性の尊厳をふみにじることを許すような社会システムそのものへの鬱積(うっせき)した怒りがここにきてふき出したのだった。
#MeTooを世界中に広めた記事
ハリウッドで神様と崇められる映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが、20年以上にわたって多くの女性に性的嫌がらせと暴行を働いてきたことをニューヨーク・タイムズ紙が暴露したのは2017年10月5日のことだった。ローナン・ファローが本書のもとになる記事の第一弾をニューヨーカー誌に発表したのは、それからわずか5日後の10月10日である。
ファローの記事にはニューヨーク・タイムズ紙が使わない言葉が使われていた。「レイプ」である。オンレコ(報道を前提に)話をしてくれた13人のうち、三人がワインスタインに「レイプ」されたと証言し、その状況を生々しく語っていた。
もう一つ、ファローは決定的な証拠を手に入れていた。それはワインスタインが嫌がるイタリア人モデルを脅し、ホテルの部屋に無理矢理連れ込もうとした際の音声テープである。そのテープの中でワインスタインは「いつものこと」だと言っていた。ワインスタインが性犯罪の常習者である確たる証拠がそこにあった。