1ページ目から読む
4/4ページ目

調査報道により何が変わったか?

 とはいえ、ファローも繰り返し言っているように、この物語の主人公は声をあげた女性たちだ。

 キャリアが破壊される恐れ、家族や友人に白い目で見られることへの恐怖、繰り返しフラッシュバックする被害のトラウマ、メディアからの攻撃と弁護士や権力者から繰り返される脅迫と身体への危険。これまで社会は、被害者に対して「なぜ被害をすぐに訴えなかったのか」と非難してきた。

 だが、これらすべての危険を冒し、トラウマを克服して声を上げるのに長い年月がかかることは、少しの想像力と共感があれば誰しも理解できるはずだ。#MeTooは、そうやって抑圧され、非難され、脅迫され、声を奪われてきたすべての人たちの心からの叫びなのである。

ADVERTISEMENT

「ジャーナリズムの使命は声なき人の声を代弁すること」だと言われる。ミーガン・トゥーイーとジョディ・カンターによるニューヨーク・タイムズ紙の記事とローナン・ファローによる一連の調査報道は、世界中の声なき人に声を与え、性的被害に対する社会の認識を変えた。

 ハーヴェイ・ワインスタインの報道後、ファローは続いてニューヨーク州司法長官による性的虐待を暴き、司法長官は辞任に追い込まれた。もうひとつの全米ネットワーク局であるCBS会長もまた性的嫌がらせと暴行を告発されて辞任する。そしてNBCの朝の顔でファローの憧れだったマット・ラウアーもまた内部告発によってクビになり、メディアから消えた。

 政界と学術界でもまた、性的嫌がらせや暴行の告発によって多くの権力者が追放された。抑圧されてきたサバイバーたちの怒りと勇気が社会に変化をもたらしたのである。

 本書はジャーナリズム史上に残る調査報道の集大成であると同時に、「事実は小説より奇なり」を地で行くようなサスペンス・ドキュメンタリーでもある。また、複雑な過去を持つひとりの青年の成長の物語でもある。この骨太のノンフィクションを翻訳できたことは、私の誇りになった。

キャッチ・アンド・キル

ローナン・ファロー ,関 美和

文藝春秋

2022年4月12日 発売