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ジョーは僕を支配しようとしなかった

 さっきも話したように、僕が「1杯飲ませてくれよ」と言えば、「カワ、これがいいんだよ。飲んでいけ」と応じてくれるし、「今の僕に何が必要? このままでもいいのか?」と尋ねれば、「気にするな。お前の内野守備はこのままで大丈夫だよ。今のままキープしておいてくれ」ときちんと説明してくれるんです。心からボスをボスと思わせてくれる環境でした。

 それはジョーに限ったことでなく、ブルージェイズのジョン(・ギボンズ/元監督)もそうでした。いかつい顔をしていたけど、やはり選手をリスペクトしてくれたし、僕を支配しようとせず認めてくれました。メジャーリーグに挑戦して初めて味わえた感覚でした。

 もちろんマイナーリーグの監督たちもマーティ(・ブラウン/元ブルージェイズ3A監督/元広島東洋カープ監督)から始まり、ピービー(マーティ・ピービー/現カブス3A監督)と、いい人たちばかりでした。特にマーティは外せません。彼が僕を拾ってくれたからブルージェイズに入団できたんですからね。

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 日本では王(貞治)さん、秋山(幸二)さんをはじめ、いろいろな方たちの下で野球をやってきて、いろいろなことを叩き込まれましたけど、また違う感じの上司だったんです。アメリカの上司の雰囲気って日本でもつくり出せるのかな?なんて考えたりもしています。

 プロの世界という意味では、メジャーリーグの方がNPBよりシビアだと思います。過去の実績など関係なく、ダメだと判断されれば容赦なく切られるから……。だからこそみんなで良いチームを作り上げよう、そして、それを作り上げるためにはみんがお互いを尊重し合って自立しなきゃいけない。その自立感というものが、ものすごく居心地が良かったんです。

 日本では、どうしても統率しながらチームをまとめようとするけど、実は自立した人たちが集まっても強いチームになれるんですよ。それぞれのやり方があるわけだし、否定も肯定もしませんけどね……。

 まあ結論としては、ジョーがご馳走してくれたワインはとにかく美味しかったということです。ジョーはちょっとクレージーではあるけど、多分、大谷(翔平)くんもジョーのことがすごく好きだと思いますよ。エンジェルスのベンチを見ていたらわかるんです。ジョーは、選手たちが大谷くんをリスペクトできるような環境を作っていますよね。それで大谷くんも安心して、自分らしさを出せているように感じますね。

川﨑が「選手に対するリスペクト感が好き」と語ったジョー・マドン監督(写真はタンパベイ・レイズの監督時代) ©文藝春秋

選手を乗せてしまうジョーのテクニック

 一概にメジャーリーグといっても、監督によってそれぞれ個性があります。ジョーの場合は、自分の意見をメンタルトレーナーに話してから選手に伝えるようにしていました。必ずワンクッション入れるというテクニックを持っていました。それと、選手と何度もミーティングをするのではなく、毎月1回くらいのペースでジョーが伝えたいメッセージをプリントしたTシャツを自前で作って、選手たちに配っていました。みんながそのTシャツを着るから、自然とジョーのメッセージが頭に入っていくんですよ。そうして選手を乗せてしまうんです。あれもひとつのテクニックだと思います。

 それに2016年は選手たちの負担を考慮して、シーズン途中から試合前の打撃練習を自由参加のオプションに変更してくれました。選手自身が打撃練習は必要ないと判断すれば、試合前はグラウンドに出てこず、クラブハウスでのんびりしていても許されたんです。NPBだったら絶対に考えられないことです。

 2021年もエンジェルスで日本語のメッセージが入ったTシャツを作ったことで話題になったけど、あれはあれで選手たちが大谷くんのところに「何ていう意味なの?」と聞きに行くことになるし、自然と選手たちの間で会話が生まれるんです。

 選手たちだってスプリングトレーニングからシーズンまで6ヶ月以上毎日顔を合わせているし、ほぼ同じことを繰り返しているわけだから、どうしても飽きてしまうわけですよ。そういう意味でもいい刺激になります。移動日もテーマを決めて仮装用の衣装やパジャマを着させて選手たちを楽しませようとするなど、本当に自由奔放だったと思います。

 ジョーの環境作りもあり、チームは最高の雰囲気の中でポストシーズンに突入しました。僕は出場枠から外れていたけど、ジョーから「カワ、お前はバックアップ要員だから故障者が出たら入ってくれ」と言われ、チームに帯同していました。

 2015年のブルージェイズの時もバックアップ要員としてポストシーズンのベンチに置かせてもらいましたが、もちろん「派遣社員」として光栄なことだし、感謝しかなかったです。そのおかげでワールドシリーズを肌で体感することができたし、カブスが108年ぶりにワールドシリーズを制覇するという、歴史に残る瞬間に立ち会うことができました。