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突如として襲った自律神経の病…「死の恐怖さえ感じるようになっていた」川﨑宗則を救ったイチローの“ある言葉”とは?

『「あきらめる」から前に進める。』より #2

2022/04/05

 2017年にメジャーリーグからNPBへ復帰後、自律神経の病気で野球に向き合うことができなくなった川﨑宗則選手。しかし彼は再び立ち上がり、40歳になったいまも現役のプロ野球選手だ。

 ここでは、川﨑選手が困難に直面した時に何を考え、どう向き合ってきたのかを綴った『「あきらめる」から前に進める。』(KADOKAWA)から一部を抜粋。2017年に自律神経の病気が発覚するまでの経緯と、復帰のきっかけとなったイチローとのエピソードを紹介する。(全2回目の2回目/前編から続く

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6年ぶりのNPB復帰

 日本に戻り、またホークスにお世話になることが決まりました(編集部注:2017年に福岡ソフトバンクホークスに復帰)。というよりも、NPBでまたプレーすることになるのなら、ホークス以外は考えられなかったので、6年ぶりの復帰は僕の中では当然のことでした。

 日本に帰ってきたおかげで、これまでとは比較にならないくらい家族と過ごせる時間が増えたし、新しいホークスを見られたし、工藤(公康)さんの野球に触れることもできました。それはそれで僕にとってすごくいい時間でした。

 若い選手たちのプレーを間近に見られたことで、自分がチームを離れていた間に形を変えながらホークスが強くなっているのを実感できましたね。そして柳田(悠岐)選手や中村(晃)選手といった後輩たちの成長に、ビックリさせられもしました。

 6年ぶりのNPBでしたが、メジャーリーグとの違いとか、日本とアメリカの価値観の違いみたいなところをそれほど意識することはなかったですね。一度ホークスを離れ別の環境を経験した立場として、自分が感じたことなどは選手やチームに伝えるようにしていたんですが、チームはそんな僕の言葉を受け入れてくれ、すぐに行動に移してくれました。それはありがたかったですね。それも含め、すごくやりやすかったです。

2017年に福岡ソフトバンクホークスに復帰した川﨑宗則 ©文藝春秋

 ただ帰国してからずっと体調が良くありませんでした。長旅のあとだったのでいつもの時差ぼけなのかなくらいに思っていたんですが、眠れない日が続いていつも頭がボーッとしていて、とにかくお腹がすいていた感じでした。

 ホークスに戻り最初は2軍で調整を続けていたので、昼間中心の生活だったし、メジャーリーグの頃のルーティンとは違っていたので、1軍に上がって夜中心の生活に戻れば時差ぼけも自然となくなるだろうと、あまり心配はしていなかったんですが……。