「そのときは何を言っているのかわからず、バカじゃないのかと思いました。市役所にそんな権限があるとは思えないし、もし精神疾患のない人を無理やり連れていったら病院側が怒るだろうと呆れました。万一そんなことになっても、医師に冷静に事情を説明すればすぐに帰らせてもらえるものだとばかり思っていました」
実際、民間移送業者の人間たちも車内で、手錠をちらつかせながら桜井さんにこう話していたという。
「けっこう暴れる人が多いけど、桜井さんはそうではなくて安心した。逃げられると追いかけないといけないからこっちも大変。市役所から、とにかく危険だからすぐに来るように言われたので、手錠を持って駆けつけてきたけど、たぶん診察だけで帰れるだろうから、そのときは責任を持って送り返すので」
だが、民間移送業者の見立てとは異なり、桜井さんが連れていかれた精神科病院への入院は4カ月以上に及んだ。
病院の対応に不信感は募る…
降車後に移送業者2人に左右を固められてこの病院内の診察室に入ると、そこには市の職員も待ち構えていた。ろくに診察もないまま医師はこう言い放った。
「発達障害で医療保護入院になります。まあだいたい1カ月ですね」
看護師たちに囲まれ、布団が一組と和式便所のみがある隔離室へと連行されて、そのまま4日間入れられた。
閉鎖病棟に移ったのちも、投薬を除いてはその間治療らしいことはほとんどされなかった。
「医師の問診は週1回で、しかも『体調はどうですか?』『変わりはないですか?』という問いに答えるだけで、ほんの10秒程度で終了しました。しかもこちらから質問しようとすると、看護師から『先生は忙しいから』と言われ診察室から追い出されました」
治療らしいことがないばかりか、本来は看護師が行うような役割まで桜井さんに任されるようになった。
「この病院では軽症者が重症者の面倒を見ていました。例えば、入院患者同士のけんかの仲裁やお茶くみ、夜間に騒ぐ患者を落ち着かせたり、部屋から出歩く認知症の患者に部屋に戻るよう指示するなどを行っていました」