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市と医師から告げられた謎多き退院条件

 同院ではナースステーションの中に公衆電話が設置されていたため、自由に電話もできない状況で、電話で退院請求を訴えることなども実質的にはできる環境にはなかった。

 市と医師から告げられた退院条件は障害者グループホームへの入所だった。桜井さんはいままで一人暮らしで問題なかったのになぜ、と反論したが、市職員は、「グループホームでなければ退院させない」「とにかく一人暮らしはダメだから」と、かたくなな態度だった。

 しかもグループホームは茨城県内にも多数あるにもかかわらず、指定されたのはなぜか遠方の栃木県内のグループホームだった。

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 2017年6月に入所したこのグループホームでは、入所時に通帳、印鑑、保険証、免許証などを取り上げられ、退去時まで返還されることはなかった。入所早々に、作業所での就労が強要された。

 四角いプラスチック製の箱にスポンジをはめていく、自動車部品製造の単純作業を、1日6時間程度強要された。作業所の休日は日曜日と隔週の土曜日だけで、祝日も勤務日だった。

 グループホームの経営者は入所者が作業所への通所を嫌がると、合鍵を使用して土足で部屋に上がって罵声を浴びせ、胸ぐらをつかむなど脅して連れ出していたという。脱走した入所者が捕まって強制送還させられると、外鍵付きの部屋に事実上監禁されるようなこともあった。

 桜井さんはこうした不当な行為に対して、栃木県や市にたびたび通報したことから「厄介者」と思われたのか、2018年1月にようやくグループホームを退所することができた。

 その後も一時、劣悪な環境に生活困窮者を収容する、「無料低額宿泊所」での生活を余儀なくされることもあったが、翌2月には元居た茨城県内の市のアパートに移ることができた。

 まったく思いもかけなかった精神科病院への強制入院からすでに1年余りが経過していた。

「子どもと引き離されたうえ、ろくな診察もなく精神科病院に強制入院させられ、さらに見知らぬ土地の障害者施設に強制移住させられるなんて。これを主導した行政や従った病院や業者たちの事は決して許せません」

◆◆◆

 桜井さんは現在、茨城県や移送を決めた市、精神科病院と民間移送業者、そして障害者グループホームを相手に損害賠償を求める訴えを起こしている。市側は移送が強制的なものではなかったと主張するが、病院の指定医は入院拒否が著しいとして医療入院保護を決めているので、移送が強制的なものであることは明らかだ。

ルポ・収容所列島: ニッポンの精神医療を問う

風間 直樹 ,井艸 恵美 ,辻 麻梨子

東洋経済新報社

2022年3月11日 発売