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ロシアの核戦略「エスカレーション抑止論」

番匠 ロシアの核戦略の議論によく出てくるのが「エスカレーション抑止論」です。ロシアが最初に限定的に核兵器を使用することにより、相手が怯んで軍事行動を停止させることを目的とする考え方で、エスカレーションを止めるために核兵器を使うという非常に危険な考え方です。今までは使ってはいけない兵器だったのに、ハードルを低くして核を使おうとする姿勢。これは非常に注意をしなければいけない。クリミアのときにプーチンは、NATOが介入したら核を使用する用意があったと言っています。彼らは本気で使う可能性がある。 

 もう1つアナロジーで言うと、実は冷戦期のNATOとワルシャワ条約機構軍の立場が逆転しているような気がするのです。NATO軍は今や近代的で、相当な力を持ってきている。冷戦時代はワルシャワ条約機構軍が強かったけれど、今回はNATOが強くなっているから、「弱者の戦法」として核を使う。そういう意味で、INF条約が終わったからどうするかというのは、対中国だけじゃなくて対ロシアでも十分に考えていかなければいけないのではないかと思います。 

 自衛隊では冷戦期に「ノルディック・アナロジー」という言葉を良く使っていました。これは何かと言うと、日本の戦略環境が北欧の戦略環境に酷似している、ということです。米ソ冷戦構造の中で、ソ連軍はバレンツ海から北欧付近を戦略的に重視していた。

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 これはオホーツク海にソ連軍が展開して聖域化している日本周辺の環境に非常に似ている。我々はそれで北方防衛戦略を推進して来たのですが、この部分もまだ終わったと見てはいけない。 北方領土の重要性は、ロシアにとってむしろ高まっている。その証拠が、最近の部隊の配備です。例えば地対艦ミサイルのバスチオンやバル、最新鋭の防空ミサイルを択捉島と国後島に配置したと発表しています。ロシアは近年、北方領土駐留軍の近代化を着実に進めています。 

 それから、千島列島の松輪島など旧帝国陸軍が拠点を持っていたところにも新しい基地を置く計画もあるようです。オーシャンバスチオン(海洋要塞)であるオホーツク海の防備態勢は、冷戦期よりも量的には減っていますが、それを質の向上によって補おうというのが最近のロシア軍の傾向です。演習の状況などを見ても、決して油断はできないという感じがします。 

この写真はイメージです ©iStock.com

米露の戦略対話

太田 髙見澤さんがご専門の軍備管理について私がお話しするのは僭越ですけど、軍備管理を担当する米国務次官のボニー・ジェンキンスがNATOで最初のスピーチを今年(2021年)9月上旬に行いました。彼女が言っていたのは、ロシアと今後本格化させる新たな「戦略的安定性対話(以下、戦略対話と略称)」においては「新しい種類の大陸間射程の運搬システム」にフォーカスを当てたい、と。

 先ほど番匠さんからご説明があった、プーチンによる18年の年次教書演説の中に出てきた6種類の新戦略兵器についても、軍備管理の枠組みの中でどう扱っていくのか、米露の間で新たな規制対象の「仕分け」の交渉をしっかりやっていきたいという意図の表明ではないかと思います。 

 米露の戦略対話で次に問題になると見られるのは、ロシアの飛び地であるカリーニングラードにあるとされる戦域ミサイル・イスカンデルです。NATOの欧州諸国はロシアの戦術核に不安を抱いているので、アメリカは戦略対話の議論を通じて同盟国の懸念解消に繋げたいと考えているはずです。 

 最後にジェンキンスが挙げるのは2026年に失効する新START後の米露間の戦略的な軍備管理の枠組みです。これら3つの当面の大きな課題を軸にしてアメリカはロシアとの戦略的な政策協議に臨んでいくと思います。 

 では、どんな「餌」を与えるとロシアは食いついてくるのか。