1ページ目から読む
3/3ページ目

NATO核の情報開示という交渉カード

太田 仮にNATO側がカリーニングラードで査察ないしは現況確認をしたいなら、ロシアの不安解消に結びつくインセンティブを何か提示する必要がある。例えばですが、核共有によってNATOの5つの国(ベルギー、ドイツ、オランダ、イタリア、トルコ)にある6つの基地に配備しているアメリカの戦術核弾頭に関する情報をより可視化する。米露双方が関心や懸念を抱く戦域レベルの核兵器運用について可能な範囲で意見交換や情報共有を始めることは、決して互いにとって不利益な話ではない。 

 ロシアがアメリカとの戦略対話に応じているのは、この座談会冒頭でも申し上げたように、核を巡る状況が「連立高次方程式化」し、かつて米ソ、米露の間に確立していた戦略的安定性が動揺していることへの不安からだと思うのです。アメリカのミサイル防衛(MD)網の拡充で、対米核抑止力に十分な自信が持てなくなっている。そんなロシアの不安の軽減を図れる提案なら、モスクワも応じてくるかも知れない。

この写真はイメージです ©iStock.com

 オバマ政権時代に論じられたのは、ルーマニアなどのMD施設にロシアの査察官を受け入れる、というアイデアです。東欧にアメリカが築いたMD網はロシアのミサイル攻撃力をターゲットにしたものではないことを示すのが狙いですが、結局実現しませんでした。

ADVERTISEMENT

 今一度このアイデアに立ち返って、防衛用兵器を査察対象にできるのか否か、それが戦略的安定性の再構築に結びつくのかどうかを真剣に吟味してみる。そこから、今ロシアが注力しているアバンガルドなど高度な突破力を持ちうる戦略攻撃兵器への査察実現につなげていく。ディフェンス/オフェンス(防衛/攻撃)の兵器体系双方を新たな査察体系にビルトインする形で、米露間の信頼醸成、そして新たな戦略的安定性を育む道程を構想してみる。この辺りが現在の閉塞状況を打破する突破口になっていくのではないかと考えます。 

 バイデン政権は少なくともトランプ政権よりはこうしたアプローチに熱心ではないか。米露間の枠組みがある程度できてきたら、米露が一緒になって中国にアプローチし、この新たな体系に北京を巻き込むべく戦略対話を3カ国で進めていくことはできないか。ロシアも中国の核戦力増強に懸念を覚えているでしょうから、モスクワにとっても大きな利得があると思うのですが。 

 こうした大状況を踏まえつつ、日本は北方領土の非軍事化のような話も交渉カードの選択肢としながら、この時代において極東アジア全体が目指すべき戦略的安定性とは何なのか、そんな大局的な戦略論をロシアとの間でも進めていく。そうした「外交知」を生かした作業を地道に続けることで、米中露に加えて日本が主体的なプレーヤーとなり、このエリアで平和と安定の礎を創っていく集団的な営為に貢献できるのでは。

 日本外交にとっては巨大なチャレンジですが、取り組んでいく価値はあると思います。 

最初から読む