『タッチ』がつないだ役者人生
『タッチ』に決まったときは、もう安心と思ったんじゃない?と皆さん思われるかもしれない。でもそのときの私は『タッチ』が歴史に残るアニメになるということも知らないし、何より大役を掴んだものの、責任の重さと自分の力のなさに打ちのめされていて、そんなことを気にする余裕など少しもなかった。
週1回のアフレコはついていくのに精一杯で、ついていけないときは居残りになってO Kが出るまでセリフを言い続け、帰り道は駅まで一人泣きながら歩いた。
選ばれてうれしいと思ったのは記者発表のときまでで、その後はスタッフの皆さんが選んで失敗だったと思っているんじゃないかと、別の不安で胸がいっぱいだった。
私のことはさておいて、あだち先生の描かれる漫画の雰囲気を大切にして作られたアニメは、素敵な音楽や主題歌も含めて評判は上々のようだった。私の元にも視聴者の方からのお手紙がたくさん届いたが、私が演じる南が「好き」と言ってくれる人と「嫌いだからやめてほしい」という人が半々で、私は相変わらず喜んだり悲しんだり不安になったりしていた。
程なくして『タッチ』は人気アニメとなり、私が演じる南も原作ファンの皆さまに受け入れていただけるようになった。それと同時に浅倉南役としての私の仕事もどんどん増えていった。その頃、やっと両親との約束のことを思い出した。ちゃんと確認しなくては!
さすがに大丈夫でしょと思う気持ちと、もしダメだと言われたらどうしようという不安な気持ちが入り交じるなか、恐る恐る「続けていいよね?」と母に尋ねた。
「こうなってしまったら仕方ないでしょ」
「やったー!!」
手放しでOKとはいかなかったけれど、やっと両親からお許しをもらえてうれしかった。
それから30数年、幸せなことに、今も声優を続けられている。
あのときギリギリのタイミングで来た『タッチ』のオーディションで、私の声が録音されたテープの番号は8番だったそうだ。演技的にはそれほどいいというわけではなかったらしいけど……(笑)、ただ「新鮮に聞こえた」「声質がよかった」「番号が末広がりの8だし」「多少の不安はあるけどこの子に賭けてみよう」という意見がまとまって、選んでいただけたそうだ。
本当に本当にありがとうございます! 勇気をもって決めてくださり大感謝です!
そして8という番号を引き当てた私の運!!
最後にこの声を与えてくれたお父さんお母さん! みんなみんなありがとう!
今でもこのときのことを思うと空に向かって大声で叫びたい、そんな気持ちになる。そういうわけで『タッチ』は、浅倉南ちゃんは、私にとって特別な存在、日髙のり子として生きていくことを許された、恩人のような作品でありキャラクターなのだ。