昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

お笑いタレントから俳優に転身 元相方・勝俣からの連絡は…

――堀部さんは、実はIQ180と聞きました。

「大人になってからうちの母親から聞いたんです。小さい頃、IQテストを僕だけ2、3回やらされたんですね。それで、別の教育プログラム的なところで勉強してみないか、という話があったらしいんです。でも、うちは母子家庭で、しかも、高齢になってから生まれたというのもあって、母親には、僕がどこかに取られてしまうのではないかという感覚があったようで、その話はナシになりました。でも、のちのち思ったのは、それってメンサ(上位2%のIQを持つ人たちが参加する国際グループ)の誘いだったんじゃないの!?と。そこで、IQ180だったと言われたようで、今思えば、メンサだったら行ってみたかったな、と」

『カムカム』では荒物屋「あかにし」店主の赤螺吉兵衛、吉右衛門の2役を演じた(写真/NHK公式ホームページより)

――松田優作さんに憧れて俳優を目指したものの、お笑いタレントになって、放送作家としても活動し、現在は俳優業が中心です。

「主体性がないというか、流れに身を任せていた感じだったんですよね。やりたい!と思ったけど、劇団に入れなくて、周囲に相談してみたら、ストリップ劇場に出ることになって。『違うんだよなぁ、俺、お笑いをやりたいわけじゃないんですよ』と思いながらも、『辞めます』というわけにもいかないから。欽ちゃんの番組も『オーディションに行ってきて』と言われて、受けたらなんとなく残ってしまって。

 勝俣(州和)くんと組んだコンビ(K2)もそうです。フリーで放送作家をやり始めた時、『2人でラジオの企画でも作らない?』といった感じでやっていたら、ある時『2人でネタ作ってライブでもやってみたら』と言われて。今度は、それを見に来たフジテレビのプロデューサーから『「笑っていいとも!」、やらない?』という話になって。いつもそんな感じでやってきたんです」

――今回のカムカムで、勝俣さんから連絡が来たりは?

「もともとお互い電話も携帯も知らなくて。一緒にやっている時も、同じ事務所だから事務所の人に『聞いといて』『言っといて』みたいな感じだったんです。その事務所を辞めてからは一度も会ってないし、会う機会もない。でも、元気でやっているのはお互いなんとなくわかるから」

z