『ジャングル大帝』のラストシーン
――ということは、この時期の手塚作品には、A先生の筆の跡がかなり見られると?
(A) それがですね、手塚先生って、雑誌連載時にアシスタントに描いてもらったとしても、単行本では全部自分で描き直すんですよ。ものすごいこだわりを持ってらっしゃるので。ただ、僕にはひとつ自慢があるんです。
――聞かせてください(笑)。
(A) 手塚先生の『ジャングル大帝』の最終回、最後のシーンをトキワ荘でお手伝いしたんです。アフリカの雪山で、レオとヒゲオヤジたち探検隊が遭難して、吹雪の中で次々と倒れていく。ものすごい悲壮感のあるラストなんですけど、手塚先生は僕に、そのシーンの吹雪を描いてほしいと言われました。
――責任重大ですね。
(A) 先生は原稿を描くとき、必ずステレオで音楽をかけるんですけど、その時はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」が鳴り響いていました。それを聴いていると、なんだか僕も、吹雪の中で遭難している探検隊の一人のような気分になってきてね。描きながら涙が出てきたんです。それで、のちのち単行本になった『ジャングル大帝』を見てみたら、なんと僕が描いた吹雪が、ひとつも直されてないんですよ! もう本当に感動しました。
こないだトキワ荘ミュージアムで手塚先生の原画展があって、たまたまそのシーンの生原稿が展示してあったんですけど、僕、舞い上がっちゃってね。インタビュアーの方に、「これ全部、僕が描きました」って、思わず自慢しちゃいました(笑)。あとで反省しましたけど。
――いえ、世界中に自慢していいことだと思います。
(A) (笑)。手塚先生が僕の吹雪を気に入ってくれた。直さずに残してくれた。何十年も前のことだけど、いまだに嬉しくてしょうがないんですよ。
※手塚治虫(「塚」は点あり)
※藤子不二雄(A)(Aは丸囲みA)
(取材、構成:稲田 豊史)