「入居者には女性が多いんですよ。人生のうちの何年間かを、個性的な住空間で過ごしてみたい、という若い女性とか。タワーが作られた当時と比べても、女性の社会進出が進み、自由な女性が増えたからなのかもしれませんね。他にはクリエイティブ系の職種や、外国からの留学生にも好まれています」
そもそも、今日の東京であえて中銀カプセルに暮らそうと考える人は、十中八九以上の割合で“珍物件マニア”である。そういう理由から意気投合し、学生寮やシェアハウスのような“横のつながり”も生まれているのだと前田氏は付け加えた。
退去が進む以前は、誰かの個室に酒を持ち寄る「カプセル呑み」が盛んだったそうだ。しかし狭いカプセルのことで、5人や6人が入ると酸欠に近い状態だったのだとか。
個人のプライバシーを最重要視したカプセルの設計とは相反するようにも思えるが、タワー自体を立体的な“長屋”のようなものだと考えれば辻褄が合う。逆説的な一面も覗かせる中銀カプセルタワービルは、やはり面白い。
ピンク営業の痕跡も…
建築の教科書にも載っている中銀カプセルタワービルだが、大都市の宿痾とでも言うべきか、不埒な営業に用いる輩もいたらしい。
「ビルでは長らく、売春まがいの行為を行う“ピンクカプセル”の存在が噂されていました。ずっと半信半疑でしたが、中古カプセルを改装する際にピンクの塗装が現れたので、おそらくあの都市伝説は事実だったんだと思います」
飛び出すエピソードまで、さながら近未来小説のようである。もっとも、シャワーからお湯が出ない今日のカプセルでは、ピンク営業が続いている可能性は皆無だと見てよさそうだ。
東京都心に50年にわたり根を張った黒川紀章の遺産・中銀カプセルタワービルだが、奇観として望める期間は残りわずかになりつつある。ワクチン接種が進みコロナ禍が去り、安全な東京観光ができるようになった折には、ぜひとも一度訪れることをおすすめしたい。
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写真=今井知佑/文藝春秋